そしてそいつはやって来た。その2

皇紀835年干月7日 

拓洋市臨海区華隆街『月桃館』 


「あら、まぁ、可愛いお嬢さんだこと。私は月桃館の女主人マダムジングウ・ユイレン。ここをお家だと思って、なんでも言ってちょうだい」


 ユイレンさんはぱっとシャクヤクの花が咲いたような笑顔でシスルを迎えてくれた。

 その素敵な笑顔を見るだけで、私はここ数日の疲れは吹っ飛びますです。ハイ。

 言われた当のシスルは、はにかんでうつむいてしまった。


「オタケベ様も身の回りのお世話をしてくれる人が付いて良かったですね。少佐様なのに当番の兵隊さんも付いてないってお困りだったでしょ?」


 シスルをどうも女中お手伝いさんか何かと勘違いしておいでの様だ。


「いやぁ、此処に居れば洗濯も掃除も食事の支度もなんでもしていただけますんで、不自由は全く一切微塵も感じませんですよ。まぁこの子は当番兵と言うより、助手みたいなもんで」


 と、答えておく。実は蛮刀振り回して大の男をバッタバッタと切り捨てる豪傑で、503号室の扉をブチ壊したのもコイツですよとも言えまい。


「お部屋はオタケベ様のお隣のお部屋が空いてましたので、そこを使ってもらいましょうか?シスルさん、西塞川が眺められるいいお部屋よ」


 シスルはうつむいたままで。


「吾がは、物置でも屋根裏でも構わない。いい部屋なんてもったいない。なんならライドウと同じ部屋でもいい」

「おいおい、年頃の娘がそんなこと言うもんじゃねぇぞ。一応、取り合えず、俺も男なんでな」


 と言っても、テメェの娘みたいな歳の子供に興味なんて微塵もねぇ、やっぱり女と火酒は適度に成熟してなきゃならん。


「遠慮しないでちょうだいシスルさん、当館はお客様が自分のお家に帰ったような気分でいて頂けるおもてなしをすることが信条なのよ」


 ここまで行ってユイレンさん。ポンと手を叩き。


「あ、そうそう、おもてなしと言えば、今日のお夕食。うちの料理長シェフが腕によりをかけて作ると申しておりましたわ。お楽しみしてくださいね」



 ユイレンさんの宣言通り、今宵の食卓は豪勢な物だった。


 細かく裂いたマグロの蒸身と数種類の海藻それに香草を香辛料を効かせた酢で和えた物に、大アナゴの香草焼き、細く切ったイカと貝柱とニンニクの芽、玉ねぎと一緒に炒めた焼きそばに、最後は卵と牛乳を使い加々阿カカオ風味の粉を振りかけた冷たい蒸し菓子。


 かつて帝国本土の諸侯のお屋敷で腕を振るったという料理長が、食べ盛りの女の子が来たというので張り切って作った品々を、シスルは黙々とまさに仇でも取る様に次から次へと平らげ、ユイレンさんを驚かし料理長に満面の笑みを浮かべさせた。


 晩餐が終わるころ、ユイレンさんは満腹で身動きの取れないシスルの前に黒い包みを置いた。


「シスルさんのお召物、汚れてたからお洗濯したの」


 広げてみると、あの黒い貫頭衣と手甲と脚絆。彼女は黙って頭を下げる。それからあの頭巾付きの黒い円套、俺がミンタラ刀で頭巾を切り裂き身頃に大穴開けたヤツ。相手の正体を知る為に零大隊の連中が押収していたのを返還させたのだ。

 俺って気が利くだろ?


 ところが、ユイレンさんの気の利きようはさらに念が行っていて、千切れた頭巾は紫色の細い帯で綺麗につながり、着古してばらけ掛けた裾も、同じ帯で縁どられている。そして、穴の空いた場所には代わりに鮮やかな薊の花が刺繍されていた。


「大きな穴が開いていたから、繕おうと思ったんだけど同じような生地がなかったの、それで仕方なくお花の刺繍を入れたのだけれど、良かったかしら?」


 大きく広げ、まじまじと見つめるシスル。それから被って見せて食堂にあった大鏡で自分の姿を映す。

 また鏡をじっと見つめながら、何度も何度も円套の裾を翻す。


「あの、いけなかった・・・・・・かしら?」


 心配そうに尋ねるユイレンさん。

 シスルは今度は大きく首を横に振り。


「うんん、とても綺麗で、可愛い。・・・・・・ありがとう」


 ぱっと顔を綻ばせるユイレンさん。

 俺も知らず知らずの内に頬がゆるんでいた。





 ま、こんな相棒も、悪かねぇか・・・・・・。




 終劇

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月桃館503号室の男1 ~黒衣の刺客~ 山極 由磨 @yuumayamagiwa

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