第2話 変な外人現る

 ぴ~んぽぉを~ん

 命の電話に電話したことなどすっかり忘れた頃だった。昼前ののどかな時間帯に、うちのチャイムが間抜けな音を家中に響かせた。昼夜逆転の僕は起きたばかりで、その寝起きの痺れるようなだるさのまま、僕は玄関のドアを開けた。

「は~い」

 見知らぬ外国人の青年が右手を上げ、陽気なあいさつと共に、玄関前に立っていた。

「・・・」

 僕はボケた頭で、ただその外国人青年を見つめ瞬きを繰り返した。外国人青年も笑顔を浮かべたまま僕を見つめる。

「・・・」

 僕と青年はしばし見つめ合ったまま固まっていた。

「・・・」

 何とも奇妙な時間が流れる。一体、今目の前で何が起こっているのか、僕には状況がうまく理解できなかった。

 薄いエメラルドグリーンの瞳に、ストレートのくすんだ金髪を肩まで垂らし、汚れた濃いグリーンのロングTシャツにボロボロのベージュのチノパンにサンダル履き。顔の下半分には髪の色と同じくすんだ金色の無精ひげを生やし、見た目だけでも、かなり怪しい外人だった。しかし、不思議と、その口元の愛嬌のある口角の絶妙なカーブに、なぜか何とも言えない安心感と好感を感じさせた。

「は~い」

 外国人青年はもう一度、右手を上げ、陽気にさっきと全く同じあいさつをした。僕は再び瞬きを繰り返し青年を見つめた。

「!」

 ふと、その時、その声にどこか聞き覚えがあることに気付いた。

「・・・」

 しかし、思い出せそうで思い出せない。

「う~ん。誰だっけか」

 確かに聞き覚えがある。僕は首を傾げた。

「来てやったぞ」

「あっ」

 その声は、命の電話の向こうで聞いたあの声だった。しかもあのなんか上からなしゃべり方。間違いない。あいつだ。

「来てやったぞ。まいったか?」

 日本語の使い方がなんかおかしいところもまさにあいつだった。

 謎の外国人青年は、その薄いエメラルドグリーンの瞳で、人懐っこく僕を見つめる。その瞳は純真そのものの子供の目だった。

「それではおじゃまするぞ」

「えっ、いやっ・・」

「おじゃまさまぁ~」

「いや、日本語の使い方間違っているからっていうか、ちょっとまって・・」

 と、僕が言う間もなく、外国人青年は僕の脇をすり抜け、勝手に家の中にズカズカと上がり込む。

「ちょ、ちょっと」

 しかも、サンダル履きのまま家の奥へ入っていく。僕はそんな外国人青年を僕は慌てて追いかけた。

「おいっ、さ、サンダル」

「おおっ、しっけいしっけい。オレさまはいつもこれで失敗するね。はっ、はっ、はっ」

 外国人青年はコミカルに後頭部を右手でポンポン叩きながら、サンダルをその場で無造作に脱いだ。

「はっ、はっ、はっ、じゃないよ、まったく。日本語おかしいし」

 僕は外国人青年の脱いだサンダルをもって玄関まで置きに行った。

「まったく、何考えて・・、あっ、何してんの」

 リビングに戻ると、今度は台所にある冷蔵庫を勝手に開けて中を物色していた。

「何してんの」

「コーラないぞ」

「ないよ。うちは誰も飲まないもの」

「オレさまは、遠くからやって来た。喉がカラカラだ」

 そう言って、外国人青年はリビングのソファにどっかと座り込んだ。

「遠くから?」

「そう、だから、オレさまはコーラが飲みたい」

 偉そうな言葉使いとは裏腹に、その変な外国人青年は何とも悲し気な、切ない目で僕を見る。

「・・・」

「オレさまは遠くからおまえの命を助けに来た」

 無茶苦茶な外人なのだが、そのエメラルドグリーンの目が何ともかわいらしく、やはり、口元の広角の絶妙な角度が猫のように人の心を魅了する。この外人には、何か魔法のような不思議な魅力があった。

「ババアは言っていた。人の命は何よりも大切だと。だから、何としても助けなければならないと。だからオレさまは遠くからお前を助けにきた」

「ババアじゃなくて、おばさんね」

「そう、おばさんだ。はっはっはっ、しっけいしっけい」

 外国人青年はまた平手でポンポン自分の頭を叩く。

「っていうかおばさんって誰だよ。っていうか、君は誰なんだ」

「話はコーラを飲んでからだ」

 外国人青年はなんとも疲れた表情で、ソファに沈み込んでしまった。まるで駄々っ子のような態度だった。

「・・・」

 僕は、しばしその場に固まり考えた。

「・・、分かったよ。買ってくるよ」

 僕は、財布を手に家を出た。

「なんで僕はこんなことやってんだ?しかも、今日突然やって来たよく分からん外人のために・・」

 僕は道を歩きながら、自分のバカさ加減にがっかりしていた。

「こんなだから、学校でもいじめられ、不登校になって引きこもりとかやってんだよな・・」

 僕は大きくため息をつき、落ち込んだ。

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