第16話 見つかったドラム候補者
「ドラム見つかったぞ」
ジェフが、僕の部屋に帰ってくるなり叫んだ。
「えっ?もう?」
ジェフがドラムを探しに出て行った、その日の夜だった。
「じゃじゃじゃじゃーん」
ジェフが大げさに両手を伸ばしヒラヒラと横に揺らす。見ると、ジェフの隣りに、一人の気の弱そうな太った男の子が震えるように立っていた。
「こ、この子?」
思わずどもった。
「そうだ」
自信満々にジェフはうなずく。
「・・・」
部屋にいた僕たち三人は、口を半開きで言葉なくその子を見つめ、その場に固まった。
「お前ドラムやれ」
ジェフが男の子の丸いなで肩を叩く。
「ぼ、ぼくでよければ・・」
消え入りそうな声だった。ドラムというか、それ以前になんか色々ダメそうな子だった。
「ドラムやったことあるの・・?」
僕がおずおずと訊ねると、その男の子は、小さく首を横に振った。
「断れよ」
僕は思わず叫ぶようにツッコんでいた。
「まっ、しょうがないわ。連れてきちゃったんだから」
涼美も呆れている。
「・・・」
いくらドラムが見つからない希少な存在とは言え、しかし・・、この子じゃ・・、なんか色々と無理そうな気がした。
「・・・」
ジェフが連れて来た男の子は部屋の隅に静かに座ったまま、俯いている。僕たちの輪に入ることも出来ず、始めて連れてこられた動物園の檻の中で震える小動物のように、所在なげにその横に大きな体を持て余している。僕が言うのもなんだが、かわいそうなくらいコミュニケーション能力がない。
「なんであの子なんだよ」
僕が小声ですぐ隣りのジェフに訊く。
「太っていたからだ」
「はっ?」
「ドラムはデブと決まっている」
「すんごい偏見、しかもドラム経験とか全然関係ないし」
やっぱジェフの感性というか、世界観はどこかがおかしい。
「・・・」
再び僕は男の子を見た。あまりに消え入りそうに小さくなっているので、もうすでに壁の木目より存在感が無くなっている。やはり、ドラム以前に、なんか色々と無理そうだった。
「・・・」
視線を戻すと、ジェフ以外の全員と目が合う。涼美もマチもどうしていいのか分からないと言った困惑の目だ。しかし、ジェフだけは、外国人だからなのか、そもそも特異的に感じる能力が欠落しているのか、この何とも言えない空気感の中、一人呑気にしている。
「・・・」
いったい、どこから連れて来たんだよ・・。僕はそんなジェフを、恨めし気に見つめる。
「ところで君はなんて名前なの」
あまりにいたたまれない空気に、僕は気を使って部屋の片隅に話かける。
「丸山です。丸山とおるです」
空気が木の葉に擦れるよりも小さな声だった。
「よしっ、じゃあ、キサマはまるだ」
突然、ジェフが言った。
「それは安直過ぎだろ。かわいそうだよ」
確か、母が猫に付けようとした名だ。
「じゃあ、なんだ」
「丸ちゃん」
マチが言った。
「よしっ、それだ」
ジェフが言った。
「・・・」
あまり変わってはいなかったが、まあ、まるよりはいいだろう。
「しかし、まだメンバーと決まったわけでもないのに、呼び方だけ決まってもなぁ・・」
僕が言う。
「とりあえず、スタジオへ行きましょう」
すると、涼美が言った。
「いや、いきなりは無理だろう」
「ここで考えててもしょうがないでしょ」
「ま、まあ」
「太鼓は叩いて叩いてうまくなるんだ」
ジェフがなぜか訳知り顔で言う。
「う~ん・・、ま、まあ、それはそうだけど・・」
結局僕たちはスタジオにいた。
丸ちゃんは、おずおずとドラムの丸椅子に座る。もうその姿にダメだと思った。もそもそと、大きなお尻を不器用に動かすその姿は、見ているだけでなんかイラつくどんくささだった。なんか音楽やる以前に何かがダメだった。
「僕たちロックをやるけど、大丈夫?」
もうなんか滅茶苦茶ガラスのハートっぽいので、ものすごく気を使って僕は丸ちゃんに訊いた。
「ロックはあまり好きではないですが・・、大丈夫です・・」
蚊のくしゃみのような消え入りそうな声だった。
「君はどんな音楽聞くの」
「民謡とか・・」
「マジか・・」
ますますダメじゃないか。僕は片手で両目を覆い、思わず天を仰いだ。ダメな僕が言うのもなんだが、まったく、良い要素がない。なんでこんな奴連れて来たんだ。僕はジェフを睨むように見る。しかし、ジェフはまったく能天気にいつものように、なぜか一人で陽気に笑っている。
「じゃあ、ちょっと叩いて・・、あっ」
「どうしたのよ」
隣りの涼美が僕を見る。僕も涼美を見る。
「スティックがない」
「受付に売ってるわよ。買ってきたら」
涼美がどこか命令口調で言う。
「なんで俺なんだよ」
「あんたリーダーでしょ」
「うううっ」
それを言われると、根がまじめ過ぎる僕はなんかそうせざる負えないような気になる。僕は水木じいさんのところへ行った。
「俺だって金ないんだぞ」
僕はぶつぶつ言いながら、受付で一番安いスティックを買うと、再びみんなの待つスタジオへ向かって歩く。威張って言うことじゃないが、引きこもりで、もちろんバイトなんかしていない。というかできない。
「はい」
僕は買ってきたドラムスティックを丸ちゃんに渡した。
「あ、ありがとうございます」
おずおずと、これ以上ないくらい身を小さくしてそれを受け取る。
「じゃあ、ちょっと叩いてみて」
「は、はい」
「逆だよ、太い方を持つんだ」
丸ちゃんは細い方を握って叩こうとする。
「あ、すみません」
「・・・」
もう絶対ダメだと思った。普通その位分かるだろ。僕は膝から崩れ落ちそうになった。
「すみません。すみません」
「そんなにあやまらなくていいよ。とりあえず、その目の前の太鼓叩いてみて」
僕はスネアを指さした。
「はい」
丸ちゃんは、おずおずと叩き出した。
タンッ、タンッ、タンッ、タンッ、
「ん?」
「あっ、ごめんなさい」
「いや、続けて」
タンッ、タンッ、タンッ、タンッ、
「・・・」
僕は何かを感じた。
「ドラム初めてって言ってなかったっけ」
「初めてです」
「でも、すごくリズムがしっかりしてる」
「僕、一つのことに集中するのが得意なんです」
「そうなの?」
「はい、学校の休み時間とかいつも一人なので・・、その時、ずーっと、机の上の落書きを見つめて、そこに集中するんです。そうすると、グーっと、その絵の中に入って行く感じで、まったく周りが見えなくなって、周囲の冷たい視線とか色々気にならなくなるんです。そういう訓練を小学校に入った頃からずっと、やってたんです」
丸ちゃんは恥ずかしそうにうつむき加減に言った。
「なるほど・・💧 」
理由はともかく、何か特殊な能力があるらしい。僕は彼の中に何かを感じた。
「可能性あるかも」
涼美が隣りで言った。涼美までがやはり何か感じるものがあったらしい。
「時間はかかるかもしれないけど、基礎とテクニックを身につければ・・」
僕は涼美を見た。涼美も頷く。
「ドラムほんとにやってみる?」
僕は丸ちゃんを見た。
「はい」
丸ちゃんは嬉しそうに、返事を返した。多分、今までの人生の中で、何かを認められたり、褒められたりしたことがないのだろう。本当に嬉しそうにそのまんまるとした頬をほころばせた。
「じゃあ、ちょっと、スネア叩いていてくれる」
「はい」
タンッ、タンッ、タンッ、タンッ
丸ちゃんは、スネアを丁寧に叩きはじめる。単一のリズムを叩くだけだが、すでにノれる何かがあった。僕たちはそのリズムに合わせてギターを弾き始めた。ドラムのリズムが入るだけで、やはり、全然違う。僕たちもいい感じで、ギターのメロディーにノれる。
不思議なもので、音を合わせただけで、さっきまでダメだと思っていた丸ちゃんが、急に何か何か仲間のように思えてくる。
「へへぇ~い」
ジェフも僕たちの演奏に、ノリノリで独自の奇妙な踊りを踊り始める。みんないい感じだった。ドラムのリズムが入っただけで、なんだか全てが華やいだ。
――そして、演奏が終わった。
「ん?」
二人が僕を見ている。
「なんかお前急に下手になったな」
ジェフが言った。
「お前、もっとうまくなかったか」
涼美も僕を見る。
「うううっ」
僕は極度の上がり症だった。一対一なら平気なのだが、二人以上の人間がいると緊張して指が思うように動かなくなる。
僕は丸ちゃんのことを、どうこう言えるような人間ではなかった・・。
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