第15話 僕の部屋にて

 それから毎日のように涼美はうちに来るようになり、ふらふらとどこからともなく帰ってきたジェフとマチはうちに居ついて、僕の部屋はたまり場のようになっていた。

 僕がなんとなしにギターを弾いていると、涼美がそれに合わせて弾き始める。涼美は、僕の弾くリフに耳で合わせられるみたいだった。僕は音楽理論もクソも何も分からないが、僕が適当に弾くリフに涼美は自然と合わせてくれる。それが即興のセッションのようになって、言葉もなく僕たち二人はギターを弾き合う。

 音と音の絶妙な重なりに、心が重なり、深い感覚が刺激されていく。言葉を越えたコミュニケーションがそこにはあり、言葉のコミュニケーションが苦手な僕にとっては、それは感動的に楽しかった。

「音楽はやっぱいい。やっぱいい」

 僕は自然とテンションが上がった。一人感動する僕を涼美が訝し気に見つめる。だが、最近、涼美はだんだん僕がちょっとアホだということを察してきたらしく、それ以上は突っ込まない。

「音楽はやっぱ、いいな」

 僕のリフに力が入る。僕がノッて来ると、涼美も自然とノッて来る。二つのギターのハーモニーは、お互いのノリの中でさらに高揚していった。

 僕らが飽きもせず何時間もギターを弾いている時、マチは、いつも部屋の片隅にいて、何か難しい本をいつも読んでいる。

「ニーチェ?」

 確か、哲学者か何かだったような・・。こんな難しい本を、こんな幼い子が読んでいるのか。

「分かるの?」

「本は読むんじゃないの。作者を見るのよ」

「・・・」

 もうすでに言ってることが分からなかった。それに、あの騒音の中で本が読めること自体がすごかった。

 ジェフはどこへ行くのかふらふらと突然どこかへ出かけたり、かと思うと突然帰ってきたり、母や千亜と何やら食堂で楽しくおしゃべりしたりと、常に落ち着きがない。

 ジェフは、やはり妙に人好きのするキャラらしく、僕の家のご近所さんともいつの間にか親しくなっていたりして、何年もここに住んでいる僕でさえあいさつ程度の関係しかない人の家に上がり込んで、お茶などをごちそうになっている。

「でもさ」

 ふとギターを弾くのをやめ、僕が涼美に呟くように言った。

「なによ」

「ドラムがいなきゃバンドにならないよな」

「・・・」

「・・・」

 その場に沈黙が起こる。

「ドラムはなかなか見つからないわよ」

 涼美が言った。

「そうなの」

「ギターならたっぷりいるけどね。目立ちたがり屋は多いから。でも、ドラムは地味だから中々やる奴がいないのよ」

「目立ちたがり屋ばかりか・・、僕も人のことは言えないが・・」

 恥ずかしがり屋の、目立ちたがり・・。それが僕だった。

「はあ~い」

 そこへジェフが帰って来た。

「今日も元気でコーラがうまい」

 ジェフは片手に持ったコーラを水戸黄門の印籠よろしく突き出しながら突然叫ぶ。ジェフはいつも予想のつかないことを突然する。そして、妙にテンションが高い。それに誰もついて行けないので、ナチュラルにみんな無視をする。

「ジェフ」

 僕はジェフを見上げる。

「なんだ?」

 コーラを突き出したままジェフが顔だけで僕を見る。

「ジェフ、バンドやるならドラムが必要だよ」

「おお、太鼓ね」

「う、うん、まあ、太鼓で合ってるけど・・、なんで外人がわざわざ英語で通じるものを日本語に言い換えるんだよ・・」

 ジェフはいつもなんか訳が分からない。

「よしっ」

「なんかいい案があるのか」

「オレさまは寝るぞ」

 そう言って、ジェフは僕のベッドにダイブするように横になると、そのまま寝てしまった。

「・・・」

 ジェフはやはり予想のつかない男だった。

「・・・、寝ちゃったよ」

 僕は涼美を見た。

「見たら分かるわよ」

「・・・」

 僕はジェフを再び見た。ジェフはすでに寝入ってしまって、スヤスヤと赤子のような寝息を立てている。

「早っ」

 幼い子どもか・・。

「ごはん食べてくでしょ」

 そこへ母が僕の部屋に入ってきた。

「はい」

 涼美が真っ先に答える。マチもそれに続く。最近、涼美は毎日うちで飯を食べていく。

「家とか大丈夫なのか」

 僕が涼美を見る。

「大丈夫よ。うちはそういううちじゃないの」

「う~ん・・」

 そういううちじゃないって、どういううちなんだ・・?よく分からなかったがその場はそのままその話は流れていった。

「わあぁ、ハンバーグおいしそう」

 食堂にはいるやいなや涼美が大仰に言う。涼美は母の前では、完璧に猫を被り、その性格の悪さを完全に封印している。

「たくさん食べてね」

 そんな涼美の反応に、母は素直にうれしそうに笑顔になる。

「本当はこんな子じゃないんだよ」

 僕が母に呟くように言うと、母が僕を見る。

「えっ」

「いてっ」

 すると、涼美が母にばれないように僕の足を思いっきり踏んだ。

「?」

 母は、キョトンとして僕を見ている。涼美はにこにこと笑っている。

「なんでもない・・」

 僕は自分の席に着いた。

「思いっきり踏みやがって・・」

 僕は涙目になっていた。

「あんたが悪いのよ」

 隣りに座る涼美がそんな僕を睨む。

「うううっ、僕のがなんか極端に小さい気がするが・・」

 目の前のお皿を覗くと、僕のハンバーグだけ二人のに比べて明らかに小さい。

「ああ、ちょっと、お肉足りなくなっちゃって」

 母が台所から言った。

「足りなくなっちゃってって・・」

「はい」

 母が持ってきたのは、ふりかけだった。

「・・・」

 僕はそれを受け取った。

「あれジェフは」

 晩飯を食い終わり、部屋に戻るとジェフはいつの間にかベッドから消えていた。

「ドラム探しに行くって出てったわよ」

 食後いち早く部屋に帰っていたマチが言った。

「はい?どこに?」

「知らないわ」

 そう言って、マチは再び本の世界に入って行ってしまった。

「・・・」

 しかし、ジェフなら連れてきそうな気がした。あの男は何か得体の知れない力を持っている。実際、涼美を連れて来てしまったわけだし・・。僕はチラリと同じく部屋に戻ってきた涼美を見た。涼美は白い超ミニのワンピースから、艶めかしくその短いスカートの裾から横へと、その美しい足をなびかせるようにして座っている。

「ごくっ」

 やはり改めて考えるとこのシュチュエーションは、今までの僕の人生では絶対にありえないものだ。それが今目の前にある。それはジェフと出会ったからだった・・。

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