第14話 詩人少女マチ

「昨日は悪かったね。うるさかっただろ。夜」

 僕は気になっていたことを訊ねた。

「ああ、いいわよ。全然。あなたに友だちが出来て、逆に嬉しかったわ」

 母が言った。

「うん、お兄ちゃんにもついに友だちが出来た。よかったね」

 千亜も言う。

「・・・」

 そこまで心配されていたのか・・。なんか、逆にちょっと悲しかった。しかも、中学生の妹にまで・・。

「ところで君は何者なんだ?」

 僕は少女を見た。昨日、まったく聞きそびれてしまった。

「私は詩人よ」

 少女が顔を上げ、鋭く僕を見た。

「はい?」

「カッコいい」

 千亜が言った。

「詩人?」

「そう」

「・・・」

 僕はしばし目をパチクリさせ少女を見た。

「えっと・・」

「深く考えなくていいわ。そのままでいいの」

「はい?」

 少女は年下の癖にしゃべり方に妙に貫禄がある。

「年は?」

 随分と幼く見える。中二の千亜と同い年くらいか、一っこ上くらいか。

「詩人に年は関係ないわ」

「あ?」

「かっこいい」

 また千亜が言う。

「・・・」

 こ、こいつ年下だよな。やはり、少女は妙に貫禄と威厳がある。

「名前は?」

「マチ。みんなは私のことを、昔のフランスの詩人みたいにマチと呼ぶわ」

「ふ、フランスの詩人?」

 なんか世界観が独特過ぎてついて行けない。それに、みんなって誰だよ・・。

「みんなもそう呼んで」

「うん」

 千亜が元気いっぱい答える。

「というか、君はどこに住んでるんだ?帰らなくていいのか」

「詩人に家なんかいらない。言葉はどこにでもあるから」

「いや、そういうことじゃなくて・・」

 母以上に全然話が噛み合わない。なんで俺の周りには変わり者ばかり集まって来るんだ。僕は頭をかきむしった。

「だったらうちにいたらいいわ」

 すると、母が言った。

「はい?」

 僕は首がねじ切れるくらいの勢いで母を見た。

「あなたのお友だちでしょ」

 そんな僕を母が呑気に見返す。

「いや、そういう問題じゃない。というか友だちじゃない」

「行くとこないって言ってるでしょ」

「だからそういう問題じゃない」

「いいじゃない、あなたの部屋においてあげなさいよ」

「ダメだろ、普通に」

「母さん、女の子がもう一人欲しかったのよね」

 そう言って、母はマチを見る。マチは母を見返し、にこりと、そのまだあどけない丸い顔に何とも言えない愛嬌のある微笑みを浮かべた。

「私もおばさまみたいなお母さんが欲しかったわ」

「そうでしょう」

「勝手に意気投合するな」

「いいじゃない、娘がもう一人増えたって」

「だ・か・ら、そういう問題じゃない。呑気にそんなこと言ってる場合か。この子はどう見てもまだ中学生かそこらだぞ」

「いいじゃない」

 しかし、何言ってるのといった感じで母は僕を見返す。

「いや、全然よくないだろ」

「あなたロリコンなの」

「違うよ」

「だったらいいじゃない」

「そういう問題じゃない」

「そういう小さいこと言ってるから、モテないのよ」

 千亜が言った。

「ううっ、お前まで・・、しかも気にしてることをズバリと・・」

 いつも母娘で連合しやがって・・。大体もめ事が起こると、この家の女たちはいつも連合し共同戦線を張る。

「私、もう少し寝るわ」

 マチは小さくあくびをすると、自分のことを話しているのに、まったく我関せずで、勝手に一人席を立って食堂を出て行ってしまう。

「ああ、マチちゃん、とりあえず、この子のベッドで寝るといいわ。後であなた用の布団持って行ってあげるから」

 その背中を追いかけるように母が言う。

「ありがとうおばさま」

 マチはそう言って、そのまま二階へ行ってしまった。

「聞いた?おばさまだって」

 なんだか母はうれしそうだった。

「何言ってんだよ」

「あら、なんかうれしいじゃない」

「そんな呑気な事言ってる場合か。あの子絶対なんか訳ありだよ。しかも、未成年だし、まだ中学生くらいじゃないか。絶対まずいだろ。家出とかだよ」

「母さんにもそんな時があったわ。実行は出来なかったけど」 

 母はテーブルに頬杖をつき、遠くを見つめる。

「お母さんにもそんな時があったんだ。意外」

 千亜が言う。

「そうよ。母さんもそういう時があったのよ」

「だ・か・ら、そういう問題じゃない」

 もう、まったく話が通じない。

「いいじゃないお兄ちゃん友達いないんでしょ」

「友達いないとか言うな」

 僕が一番気にしていることをさっきからズバズバと。

「あら、ほんとのことじゃない」

「本当のことだから言うな。ううっ、めっちゃ気にしていることを・・、ポンポンポンポン平然と言いやがって、っていうか、だから、そういう問題じゃない」

 もう、まったく話が噛み合わない。

「女の子一人くらい、いいじゃない。ねえ」

 母が千亜を見る。

「ねえ」

 千亜がそれに答える。

「うううっ」

 僕はもう諦めた。この母娘とは、いつもいつも話がまったく噛み合わない。そして、多数決と二人の強力な共感と協調で僕はいつも負ける。僕も食堂を出た。

 自分の部屋に帰ると、マチはベッドの奥に座り一人本を読んでいた。

「ねえ、君は学校には行ってないの?」

 僕は、ベッドの端に腰掛けると、そんなマチに話しかけた。

「行くわけないでしょ。あんなとこ」

「でも・・」

 そう言えば僕も行っていなかった。

「でも、まだ若いんだし・・」

 僕も若かった・・。

「うううっ」

 人に何かをいう資格がないことに、自分で気づいてしまった。

「・・・」

 僕は黙って、その場に一人うなだれた。

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