第13話 朝食の輪

 涼美は自分の家に帰り、ジェフはどこかへ行ってしまった。僕は一人家路についた。朝もやの霞みかかった帰り道を、一人でとぼとぼ歩いていると、今までのことが全て夢だったのではないかという気がして、不安にも似た寂しさを感じた。

「なんで、みんなにこやかに一緒に飯食ってんだよ」

 食堂の扉を開けると、母と妹、そして、あの少女までが一緒になって飯を食っていた。やはり夢ではなかった。

「あら、お帰り」

「あら、お帰りじゃないよ」

 ジェフの時のことといい、いくら天然な母とはいえ、あまりに呑気だ。

「は~い」

 少女が、気軽に言う。

「は~い、じゃないよ」

「お兄ちゃんお帰り」

「お前まで」

 妹の千亜までが一緒に飯を食っている。父は中国に長期出張で家にいない。

「なんでみんな普通に飯食ってんだよ」

「いいじゃない。みんなでご飯食べれば、楽しいでしょ」

 母はやはり呑気に言う。

「そういう問題じゃない。それにお前学校は」

 僕は千亜を見る。

「今日は土曜日だよ。お兄ちゃん」

「ううっ」

 引きこもっていたせいで曜日感覚が完全になくなっていた。

「なんでそう、知らない人間と普通に飯が食えるんだよ」

「あら、あなたのお友達でしょ」

「えっ?」

 そうなるのか?僕はしばし首を傾げ考え込んでしまった。

「あっ、猫まで飯食ってる」

 ふとテーブルの片隅を見ると、あの子猫がミルクを舐めている。

「かわいいね」

「かわいいわね」

「うん、かわいい」

 三人は呑気に猫を見つめる。

「かわいいわね、じゃないよ」

 僕がそんな三人にツッコミを入れる。

「あら、でもかわいいでしょ」

 母が僕を見る。

「うん、まあ、確かにかわいい・・、この何とも愛くるしい顔と仕草が堪らない・・、いや、そういう問題じゃない」

「じゃあ、なんなのよ」

「うちで飼うのかよ」

「かわいいんだからそうでしょ」

「かわいいんだからそうでしょって・・」

 まったく理屈になっていないことを当たり前みたいに母は言う。

「普通は子どもが猫とか拾ってきたら、親がうちでは飼えませんとかなんとか言って反対するもんなんだよ」

「あらそうなの。でもかわいいじゃない」

「うん、かわいい、この愛くるしい顔が・・、いや、だからそうじゃなくて、だから、かわいいとかじゃなくて、猫を飼うっていうのはな色々大変だし、責任だってあるんだぞ」

「そんなこと分かってるわよ。あなたに言われるまでもなく」

「うううっ」 

 まったく話が噛み合わない。

「何固いこと言ってんのよ。かわいいんだからそれでいいじゃない」

「ううっ、なんて単純で物分かりのいい親なんだ。なんか、リズムが狂う」

 仕方なく僕は、話をやめ自分の席に着いた。

「あれ、僕のは?」

 いつもは用意されている朝食がない。

「ないわよ」

 母が当たり前みたいに言う。

「何でないんだよ」

「この子が食べちゃったもの」

「はい?」

 僕は少女を見た。

「おいしかったわ」

「おいしかったじゃないよ」

「あなたお腹空いてるの」

「・・・」

 全然空いてなかった。むしろ食べ過ぎで気持ち悪かった。

「いや、そういう問題じゃない。家族としてのだな」

「そういう細かいところが嫌われるのよ」

 そこにすかさず千亜が言った。

「うううっ、ずばりと俺の本質をつきやがって・・」

 女は人の本質をズバリと言う。それがどれほど人を傷つけるか、それが分かっていない。

「お前なぁ、そういうのがなどれほど人を傷つけるかだな・・」

「この子、名前はまだないの?」

 しかし、すでに千亜は僕になど意識はなく、少女に子猫の名前を訊いている。

「うん、まだない」

「うううっ」

 僕はうなった。

「じゃあ名前考えないと」

「まる、なんてのはどう、丸くてかわいいから」

 母が言う。

「ママ、それは安直過ぎ」

「あはははっ、そうね」

 千亜のツッコミに三人が盛り上がる。

「白いから白ってのは」

「それ犬だよ。ママ」

 そしてまた三人は笑う。女子トーク全開で僕は全然ついて行けない。

「というか男の子なの?女の子なの?」

 母が言う。

「あっ、女の子だ」

 少女が子猫を持ち上げ下半身を見る。

「やだぁ」

 千亜がその露骨な覗き方に声を上げる。そこで、三人はさらに盛り上がった。三人は僕を差し置いて、いつの間にか完全に意気投合している。僕は完全に蚊帳の外だった。

「でも、ほんとかわいいわね」

 母が言う。

「うん、かわいい」

 千亜が隣りに座る少女の持つ子猫をの頭をなでながら言う。

「駅前の植込みにいたの」

 少女が言う。

「へぇ~」

 母と千亜が大仰に答える。

「・・・」

 僕、沈黙。三人の意識の中から、僕の存在は完全に消えていた。

「うううっ」

 我が家なのに、我が家の輪に入って行けない・・。学校でもこんな感じで同級生の輪に入って行けず、そしていたたまれなかくなって不登校になり、引きこもったのだ。それなのに・・。

「それなのに・・」

 それなのになんで、家に帰ってまで疎外感と孤独を感じ、苦しまなければならないんだ・・。僕は一人食堂で泣きそうになっていた。

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