第9話 うわばみ
「お酒ないわよ」
涼美が言った。
「えっ、もう?」
ワインのボトルはまだかなり残っていたはず。
「まったく気が利かないわね。なくなる前に次々持ってきなさいよ」
「お、お前なぁ・・」
さすがに僕はキレた。
「いくら美人だからってな。お前、程があるぞ」
その時、涼美がミニスカートからのぞく細く白い足を組み替えた。
「・・・」
僕は一瞬で黙った。
「ごめんなさい」
そして、なぜかあやまった。
「分かればいいのよ」
僕は再び下に降りて行った。
「確か、祭りで飲んだ残りがあったはず・・」
僕は一階の奥の納戸を探した。
「あった」
納戸の奥の片隅に、地域の祭りで振舞った日本酒の残りの一升瓶が数本並んでいた。僕はそのうちの一本を持って再び二階に上がった。
「おっ、日本酒」
涼美は歓声を上げ、嬉しそうに一升瓶を受け取る。それに連動して他の二人も歓声を上げる。
「しーっ、しーっ、静か、静かに。深夜なんだから」
「日本酒だぞ」
「おーっ」
しかし、酔っぱらった三人は全く聞いていない。三人は、グラスに日本酒をついで次々飲んでいく。そして、少女は踊りだし、ジェフはその前で奇妙なステップを踏み出した。涼美は楽しそうにしきりにそんな二人に合わせて手拍子をする。
「・・・💧 」
なんか大宴会になってきた。
「まったく、どんだけ飲むんだよ」
僕は呆れた。
「あっ、そうだ。俺も飲もう」
僕は、自分用に持ってきたビールのことをすっかり忘れていた。
「あれ?」
しかし、ベッドの脇に置いておいた僕のビールは忽然と消えていた。
「あっ」
涼美の脇を見ると、空き缶が二つ転がっている。
「お、お前なぁ」
「あら、要らないのかと思った」
涼美はしれっと言う。
「うううっ、お前なぁ・・」
「つまみ」
「えっ」
そこに更に涼美が鋭く言った。
「ほんと気が利かないわねぇ。つまみくらい用意しなさいよ」
「て、てめぇ」
さすがに僕もぶちギレそうになった。
「お、おまえな・・」
その時、涼美が艶めかしく腰をくねらせるように姿勢を変えた。
「・・・、ごめんなさい」
僕は気付くとまたあやまっていた。
「分かればいいのよ」
涼美が言った。
「くっそうっ、なんで俺が深夜にこんなことを・・」
僕は一階の薄暗い台所で一人スルメを焼いていた。
「うまっ、うまっ」
僕が焼きたてのスルメを持って行くと、ジェフと少女はほふほふと熱々のスルメを喜んで頬張った。
「ヒロシ、うまいぞ。これ」
ジェフが満面の笑みで嬉しそうに言う。
「当然だよ。これはおやじが北海道に出張に行った時に買ってきた本場の・・」
僕がむくれながら言うと、話の途中でもうジェフは話を聞いていなかった。
「うううっ、お前なぁ・・」
「はい、あんたもむくれてないで飲みなさい」
その時、涼美が急にやさしく、むくれる僕にグラスと日本酒のビンを差し出した。
「うっ」
グラスは涼美の口のつけたものだ。
「・・・」
僕は一瞬でかしこまった。やはり美人は圧倒的に強い。そして、僕は圧倒的に弱い。僕は黙ってグラスを受け取った。そして、そこに涼美が日本酒を注いでいく。
「クッソぅ」
僕はやけになって、つがれた日本酒を一気に飲み干した。
「おっ、いいぞ、いいぞ」
涼美とジェフと少女がはやし立てる。
「はい、もう一杯」
涼美は空になったグラスに再び日本酒を注ぐ。僕はそれも一気に飲み干した。もう、ヤケだった。
「お、おまえなぁ、美人だからって態度デカすぎるぞ」
一瞬で酔った僕は、グラスから口を離すなり涼美を指さし叫んだ。
「あっ、キレた」
しかし、涼美は涼しげな顔をして笑っている。ジェフや少女も笑っている。
「何急に強気になってんだよ。さっきまで気弱だったのに」
そう言って、涼美は更に笑う。
「うううっ」
確かにそうだった。酒を飲んだ時だけ僕は気が大きくなるのだ。それ以外はからっきし意気地がなかった。
「情けない男ね」
そう言って、また更に三人は笑う。
「くそうぅ、バカにしやがって」
怒りで涼美の顔を睨みつける。だが、しかし、やはり涼美はとてつもない美女だった。そこはもうどうしようもない。
「うううっ」
僕は唸るしかなかった。
「はいはい、もう一杯」
そして、怒る僕を子供をあしらうように、涼美はまた酌をしてくれる。
「くっそうぅぅぅ」
僕はそれも飲み干した。
「もういい」
僕もなんだか酔っぱらってきて、もうどうでもよくなってきた。
「くっそうぅ」
僕はもう、手酌で次々飲んだ。
「酒足りないぞ。もっともってこい」
気付くと、涼美が掲げる一升瓶はもう空になっていた。
「お前はうわばみか」
しかも、涼美は全く酔ったそぶりがない。
「酒」
「お前いい加減にしろよ」
さすがに僕も忍耐の限界に来た。
「お前なぁ。ここは・・」
その時、涼美が前かがみになった。すると、ニット素材のシャツの大きく開いた胸元から白く膨らんだ胸の谷間がのぞいた。
「・・・」
僕の怒りは一瞬で吹き飛んだ。
「くっそうっ」
僕は下の階に下りて行った。もう悔しいのか、嬉しいのかまったく訳が分からなかった。
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