第8話 バンド結成祝い
「あの・・」
僕は再び漫画を読みふけっている少女を見た。
「ああ、私のことは気にしないで」
少女は顔も上げず言った。
「大丈夫よ」
「・・・」
何が大丈夫なのか全く分からないが、なんかそれ以上何も言えなかった。
ニャ~
僕の足元では、さっきから子猫がじゃれついている。
「お前になついたね」
ジェフが言った。
「うううっ」
なぜ、僕になつく。どちらかというと僕は犬派だった。
「ところで、ジェフはなんか楽器できないの?」
僕はジェフに訊いた。
「オレさまは楽器、全然できない。死ぬほど不器用だから」
ジェフはどうだと言わんばかりに僕を見る。
「いや、威張って言うことじゃないから・・💧 」
「でも、歌はうまい」
「いや、それも自分で言うことじゃないから」
ジェフはどうも、なんか人とリズムが違う。話しているとなんか疲れる。
「ビールが飲みたいわ」
その時、突然涼美が言った。
「はい?」
「喉が渇いたわ。私ビールが飲みたい」
「はい?」
「おお、そうだそうだ。お祝いね。お祝い」
「なんのお祝いだよ」
僕はジェフを見た。
「バンドを結成したのだから、バンド結成祝いをしなければならないね」
ジェフが言った。
「なるほど・・」
ジェフにしては珍しく、確かにもっともな理屈だ。美女のリクエストもむげにはできない。時計を見るといつの間にか深夜を回っている。
「・・・」
家族はみな寝ている。
「分かった・・」
僕は静かに下に降りて、台所へ行き冷蔵庫を開けた。丁度おやじが晩酌に飲むための缶ビールが数本入っていた。僕はそれを三本手に取った。
「なんで三本?一本足りないね」
部屋にビールを持っていくと、ジェフが言った。
「なんでだよ」
僕がジェフを見ると、ジェフはあの少女に缶ビールを一本渡している。
「おいっ、未成年に飲ませるなよ」
「あんたも未成年でしょう」
涼美が僕にツッコむ。
「ううっ」
僕は再び下に降りた。
「かんぱ~い」
僕が残りの一本を持って戻ってくると、もう三人で乾杯していた。
「しーっ、しーっ、みんな寝てるんだから、静かに、静かに」
「うん、うまい」
しかし、三人はまったく聞いていない。
「バドワイザーうまいわ」
涼美が言った。
「久々の洋酒だわ」
涼美はバドワイザーに妙に感心している。うちの親父は、食べ物はなんでも文句なく食べる人間なのだが、ビールには変にこだわりがあり、高い洋物しか飲まなかった。
「うん、うまい。でも、オレさまはコーラの方が好きね」
ジェフは一人、まったく施しがいのないことを言っている。
「うん、おいしい」
少女は、一人呟く。
「ビール飲んだことあるの?」
「初めて飲んだわ」
「・・・」
「なくなったわ」
涼美が言った。
「えっ」
見ると、ビール缶はあっという間に空になっていた。
「すぐ持ってきて」
「もうないよ」
美女とはいえ、人のうちに来てなんて図々しいと僕は少しむっとした。
「私ワインがいいわ」
「だからないって言ってるだろ」
とは言えなかった・・。美女に逆らえるほど、僕は立派な男ではなかった。
「・・・」
確か母親が飲んでいたのがあった。僕は再び下に降りた。
「猫にもなんか持ってきてあげなさいよ」
ワインとグラスを持って再び部屋に戻ると、涼美が言った。涼美はなぜかすでにこの家の主人のようになっている。
「うううっ」
しかし、やはり美女に何か言い返せるほど、僕は強くはなかった。僕は再び部屋の入口へと背を向けた。
「俺さまはコーラ」
その背中に追い打ちをかけるようにジェフが言った。
「お、お前まで・・」
僕は怒りに震えながら、再び下に降りた。
「ほらほら、ミルクだぞ」
涼美にワインとグラスを渡すと、僕は子猫にミルクを与える。それを、子猫は嬉しそうに舐め始める。
「コーラは?」
そんな僕の背中にジェフが訊く。
「ないよ」
僕は思わず叫んだ。
「なぜ、僕がこんなことを・・」
僕は子猫の背中を撫でながら一人呟いた。拾ってきた当の本人は、ビールを片手になんかジェフたちと盛り上がっている。
「俺は小間使いか」
僕は自分で自分にツッコまずにはいられなかった。しかし、ワインを手に入れた三人はさらになんか盛り上がっている。
「バンドのため、バンドのため」
僕は再び自分に言い聞かせた。
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