第7話 バンドミーティング

「妥協が必要だ。妥協が必要だ。みんなとうまくやっていくためには妥協が必要だ」

 僕は念仏のように自分に言い聞かせていた。しかし、僕はギターが弾きたかった。

「バンドのため、バンドのため」

 だが、せっかく手に入った僕の夢だ。おいそれと失いたくはなかった。

「バンドのため、バンドのためだ」

 何とか無理矢理ベースになることを自分に納得させようとした。

「だけど、僕はやっぱりギターが弾きたい・・」

 やっぱり、でも僕はギターを弾きたかった・・。

「わっ」

「おまえ、何やっている」

 気付くと、目の前にジェフのドアップ顔があった。

「・・・」

 どうやら、自分の世界にかなり入り込んでいたようだ。

「おまえ大丈夫か」

 ジェフは僕の顔を覗き込む。

「う、うん、大丈夫・・、っていうか顔近い・・💧 」

 路上ライブを終え、僕たちは駅前から僕の部屋に帰って来ていた。

「ふうぅっ」

 改めて部屋にいる自分を確認すると、僕の中になんとも言えぬ安堵感が湧き上がってきた。あの試練の路上ライブを終えた。そのことが僕にとってはとても大きなことのように感じられた。僕は・・、僕は・・。引きこもりの僕が、人前で・・。

「・・・」

 僕は、その時、ふと、ずっと気になっていたが、見ることをためらっていた左の方に視線をずらした。

「・・・」

 そこには女がいた。

「・・・」

 しかもべらぼうな美女。

「・・・」

 僕の部屋に女がいる。

「・・・」

 これは現実なのか・・・。僕は、目の前に座る美女を半ば幻でも見るみたいに見つめた。

「まあ、汚い部屋だが遠慮するな」

 そこへジェフが美女に声をかけた。

「いや、それは俺が言うからいいんであって、お前が言うな」

「なんでだ」

「だから」    

 この日、駅前の路上ライブの後、僕の部屋で早速バンドのミーティングをやろうと、そのままスカウトした美女を連れて来ていた。

「だから・・・、ん?」

 ふと部屋の片隅を見ると、まだ中学生くらいの白い大きなフードのパーカーを着た女の子が座っていた。 

 この子は・・?いったい・・。しかし、どこかで見たことがある。

「君は・・?」

「私のことは気にしないで」

「えっ」

 謎の少女はそう言って、部屋に転がっていた漫画雑誌を拾って、壁に背を預け読み始めた。

「・・気にしないでって・・」

 僕はジェフを見た。

「おお、そいつは俺たちに興味ありそうだったから、オレさまが声をかけた」

「やっぱり犯人はお前か。あっ」

 そうだ、あの生け垣から僕らをじっと見ていた子だ。僕は、その時気付いた。

 ミャ~オ

「あ?」

 その時、ふと足元で鳴き声がして、僕は自分の足元を見た。

「わっ」

 そこには、小さな子猫が、よちよち歩きで僕の足先にすり寄っていた。

「あ、気にしないで、植え込みの中にいたの」

 少女が顔を上げ、なんてことないみたいに僕に言った。

「植込みの中にいたのって・・」

 僕は足元の子猫を再び見つめた。

「・・・」

 子猫まで・・。

 つい、昨日まで、ここは僕の孤独の巣窟だったのに・・。なんか、やたらとにぎやかになっている。

「・・・」

 確かに孤独は嫌だった。だが、これを喜んでいいのか・・。

 その時、美女がぶ厚いソフトタイプのギターケースのジッパーをおもむろに開けた。そして、中からギターを取り出した。

「おおっ」

 僕とジェフは同時に叫んでいた。

 ギターケースから出てきたのは、光り輝く真紅のエレキギターだった。厚めのストラトタイプの形状に、フロントとリアに黒のカバーに覆われたハイパワーEMGハムバッカー、セットは金色に輝くフロイドローズ。ネックは黒光りする天然マホガニーが気品を漂わせるようにスッと伸びていた。ボディには一転の曇りもなく、まぶしい赤が澄んだ湖面のように広がっていた。

「こんなギター、初めて見た」

 僕はため息交じりにそのギターに見入った。

「当り前よ」

「?」

「特注だもの」

 美女は、その美しい目を横に流すようにして鋭く僕を見た。

「特注?オーダーメイドってこと?」

「そうよ」

 美女は得意げな顔で言った。

「・・、すげぇ・・」

 僕とジェフは改めて、その真っ赤なギターを見つめた。

「アンプある?」

「う、うん」

 僕はアンプを部屋の端から持ってきて、シールドを伸ばした。美女にシールドの片側を渡すと、美女は自分でシールドをギターのコネクターに差し込んだ。

 グワァ~ン

 唸るようなエレキギターの歪んだ音が部屋に響き渡った。そして、力のあるリズミカルなバッキングが流れ、そして、メロディックな速弾きの連続音が続いて流れた。

「おおお~」

 そのギターテクニックに、僕とジェフは見とれた。

「お前ギター上手い」

 美女が軽くギターを弾き終わると、ジェフがすかさず言った。美女はそれに対して当たり前でしょという顔をする。

「・・・💧 」

 どうやらこの子の心の中には、謙虚さという概念は持っていないらしい・・。

「オレさまはジェフ。こいつは宏。お前はなんだ」

 ジェフが美女に訊いた。

「私は涼美」

「涼美・・」

 僕は、なぜかその名前の響きの中に、甘美な響きを感じた。改めて見る涼美は、やはり圧倒的美女だった。その美しさはどこか危険すらをはらんでいた。

 その時、その美しい大きな瞳が僕を見た。

「うっ」

 僕は、それだけで緊張し、脳天に血が上って沸騰しそうになった。

「あなたギター買い替えなさい」

「えっ?」

 突然、涼美が僕に言った。

「え?な、なんで?」

「色がかぶってるでしょ」

「えっ?」

 涼美は、部屋の片隅のギタースタンドに立てかけてあった僕のギターを見ていた。

「私は赤なんだから、あなたは違う色のギターを弾くのよ」

「えっ」

「同じ色は嫌なの」

「君が変えるという選択肢はないのか・・?」

「あるわけないでしょ」

「えっ」

 即答だった。そして、断定だった。

「なんで私がそんなことしなきゃいけないのよ。あなたが変えれば済むことでしょ」

「でも・・、僕も赤は好き・・」

「いいわね」

 涼美は僕の意見などまったく端から聞く気がない。

「う、うん」

 そして、僕は、涼美の勢いに納得させられていた。

「・・、めちゃくちゃ性格悪いな・・」

 僕は呟いた。美人は性格が悪いものだが・・、ちょっとこの子は特別だ。

「・・・」

 しかし、でも、涼美はやはりとんでもない美人だった。その性格の悪さに見合うだけのものは持っていた。それが真っ白なタイトなノースリーブのニットに、真っ赤なミニスカート姿。

「・・・」

 誰も文句は言えなかった。

「ごめんなさい」

 僕はなぜかあやまっていた。

「分かればいいのよ」

 それに対し涼美は、すまして答えた。

「大丈夫だ。こいつは今日からベースだ。心配ない」

 そこに更にジェフがとどめを刺すように僕の肩を叩いた。

「・・・」

 そうだった。僕はベースも買わなければならない。僕はガクッと肩を落とした。バンドのため。バンドのため。僕は再び呪文のように自分に言い聞かせた。

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