第6話 メンバー探し
「ふ~っ」
無事終わった。指は震え右手のストロークはぎこちなかったが、ジェフの歌声が以外によかったし、演奏はなんとか一応形にはなった。
「一応形にはなった」
そう自分に言い聞かせて、無理矢理自分を納得させた。
「さっ、帰ろう」
僕はジェフを見た。早く家に帰りたい。今の僕にはそれだけだった。
「なぜだ。なぜ誰も聞いてくれない」
しかし、ジェフは天を仰ぎ一人震えている。
「なぜだ」
ジェフは、外人特有の大きなジェスチャーと表情で、僕を凝視するように見つめてきた。
「いや、そんなもんじゃないの」
「う~ん、なぜだ」
しかし、ジェフは全く納得せず、腕を組み真剣に悩み始めた。
「路上ライブなんてそんなもんだよ。さ、もう帰ろうよ」
僕は一刻も早く帰りたかった。傷はまだ浅い。早く帰ってぬくぬくしたい。
「よしっ」
「ん?」
「もう一回歌うぞ」
「えええ!」
絶対やだった。
「やだよ」
しかし、ジェフの目は燃え盛り、アカペラでも一人歌い出しそうな勢いだった。
「・・・」
僕は仕方なく、しまいかけたギターを再び取り出した。
「・・・」
あの子、まだいる・・。ふと見ると、さっき真正面から僕たちを見ていた子が、同じ場所に同じ姿勢でまだいた。
「何なんだあの子は・・」
自分で言うのもなんだが、僕たちはかなり痛い存在だ。そんな僕らを見て何が楽しいんだ?僕には全く分からなかった。
「終わった・・」
そして、二回目も歌い終えた。僕にはかなりの達成感があった。引きこもりの僕が二回も・・、二回も曲を人前で披露した。
「なぜだ」
しかし、隣りのジェフは一人愕然としている。当然だが、一回目と似たような反応だった。誰も立ち止まりはしない。
「そんなもんだよ。さ、帰ろう」
ジェフがもう一度と言い出さないうちに、僕はさっさと帰ろうとした。
「分かった!」
「ん」
ジェフが、突然叫んだ。僕はなんか嫌な予感がした。
「ベースとドラムがいない」
「はい?」
「ベースとドラムがいないからだ」
「いや、絶対違うと思うよ。路上ライブでそもそもドラムって・・」
「よしっ、探そう」
「はい?」
まったくとんちんかんな回答を導き出したジェフは、僕の話も聞かずそのまま動き出した。
「ええっ、いや、ちょっと・、それは関係ないと思うし・・、探すって・・、おいっ」
しかし、ジェフはもう人混みへと歩き始めていた。どうも思考よりも体が先に動くタイプらしい。
「お前、ドラムやらないか」
ジェフは通行人に片っ端から声をかけ始めた。
「お前ギターやれ」
しかし、当然だが、そんな怪しげな外人の青年のいうことにまともに付き合う殊勝な日本人などいるはずはない。誰も立ち止まりさえしない。怪しげな外人に、目を合わせることすら恐れるようにすたすたと早足で去っていく。
「お前、ドラムやれ」
しかし、まったくジェフはめげることなく声をかけまくっていく。しかも、なぜかめっちゃ上から。
「や、やめようよ。そんなんで見つかるわけないし」
僕は堪らずジェフの下に行った。
「おおっ、あれだ」
「えっ?」
ジェフの視線と指さす先には、ギターケースを右肩に颯爽とかついだミニスカートの美しい女性が歩いていた。しかもものすごい美人だ。
「いや、ジェフ・・、絶対・・、無理だから・・」
しかし、ジェフは行ってしまった。
僕は他人を装った。
「お前うちのバンドは入れ」
ジェフがその美女に背後からいきなり声をかけた。その子は、有名な彫刻家に彫られたかのような、くっきりとした美しい二重の大きな瞳をジェフに鋭く向けた。
「ほら言わんこっちゃない」
「いいわよ」
「ええっ?」
僕は、目を剥いた。
「いいの・・」
そして、愕然とした。
「ギター見つかった」
大好きな昆虫を掴まえて、それを母親に見せる子どものように無邪気にジェフは、その女性を連れて僕のところにやって来た。
「・・・」
僕は、茫然とするしかなかった。
「こんなことで見つかるの・・?」
しかも、こんなスーパー美人のギタリストが・・。
「・・・」
しかも、真正面から見れば、さらにきれいだった。それは、もう、何かそういった美しさという職業の人のような、僕が今まで生きて来た世界とは全く別の世界にある美しさだった。
「でも、ギターが二人になっちゃったよ」
「おお、そうだ」
「おお、じゃあ、お前ベースやれ」
ジェフが美女を見た。
「やだ」
美女は即答した。
「じゃあ、何する」
「私はギター以外弾かない」
「う~ん、それは困りましたねぇ」
ジェフは腕を組み、大きく全身で首を傾げた。
「おおっ」
ジェフは突然、まっすぐに姿勢を戻すと閃いたように、手をポンと叩いた。
「お前がベースやれ。それで全部解決だ」
ジェフはキラキラした目で僕を指さしていた。
「・・・」
それで僕はその日からベースになった・・。
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