第20話 セッション
「もしかして天才・・」
マジで僕は思った。
「ドラム始めて一か月でこんなに叩けるなんて・・、」
僕たちはスタジオに来ていた。丸ちゃんの叩くドラムは想像以上に進化していた。どうやったのかは分からないが、多分、人知れず練習に励んでいたのだろう。
基本の8ビートは、ほぼ完ぺきだった。そこに少し、おかずも入れられるようになっている。しかも、リズムに独特のキレと迫力がある。さらにそこに安定感があって、妙な安心感がある。
「これは、掘り出し物・・、金鉱を掘り当てたのか」
最初にダメだと思った自分を恥じるくらい、丸ちゃんはよかった。
「丸ちゃんいいよ」
僕が力を込めて言うと、丸ちゃんは恥ずかしそうに顔を赤くしながらも、うれしそうに口元をほころばせた。
「どうだ。まいったか」
その代わりに、なぜか隣りのジェフがドヤ顔をしている。
「なんで、ジェフがドヤ顔してんだよ」
僕は思わずツッコむ。
しかし、丸ちゃんを連れて来たのはジェフだ。
「・・・」
これはたまたまなのか・・。もしかしたら・・。僕はジェフを見つめる。
「ただのまぐれよ」
涼美が僕の思考を察して言った。
「そうだよな・・」
しかし、ジェフには何か得体の知れない、人間離れした力というか能力を感じる時がある。
「まさかな・・」
僕は、自分の考えを降り払うように呟いた。
僕たちはさっそく、丸ちゃんのドラムに合わせセッションを始める。やはり丸ちゃんのドラムは良かった。安定感と落ち着きが半端ない。リズムに芯があり、合わせやすい。そして、性格が出るのだろう。どこかリズムにやさしさがあった。僕たちも気分良く、ギターが弾ける。それを涼美も感じているのか、涼美のギターもノリがいい。ジェフもテンションが上がって来たのかノリノリで、独特のステップを踏みながら、くるくると回転し踊り始める。
ドラムが入るだけで途端にバンドらしくなってきた。
「僕たちのバンドが、形になってきている」
夢にまで見ていたバンドという憧れが、今目の前に形としてあった。
「いい」
僕は思った。
「やっぱいい、音楽はいい」
腹の底から得も言われぬ強烈な高揚感が湧き上がって来る。
「やっぱいい」
そして、テンションがマックスに上がる。
「最高だ」
「ちょっと待て」
その時、涼美が演奏を止めた。
「なんだよ」
「なんで、ただのセッションで緊張してんのよ」
「うううっ」
やはり、僕は上がり症だった。僕は音楽を楽しみながらも、しかし、やはり緊張していた。前回よりは上がらなくはなっていたが、やはり二人以上の人間がいると、人を意識して途端に体が固くなる。それを見事に見抜かれていた。
「何で練習で緊張してんのよ」
「俺は上がり症なんだよ」
「何で威張ってんのよ」
「うううっ」
「部屋では普通に弾いてたじゃない」
「一対一なら平気なんだ」
「オレたちでも緊張するのか」
ジェフが訊く。
「うん・・」
すると、涼美が蔑むように僕を見る。
「そういう視線が、俺を怯えさせるんだ」
「あんたが情けなさ過ぎるだけでしょ」
「うううっ」
「ほんと情けない男ね」
「うううっ」
「何で練習なんかで緊張すんのよ」
涼美はさらに呆れるように僕を見る。その視線がまたきつかった。
「うううっ、そういう目で見るな。やさしさをくれ。やさしさを。やさしい言葉をくれ。厳しく、人から厳しくばかりされてきたから俺は、対人恐怖症になったんだ。上がり症になったんだ。やさしさをくれ、やさしさで俺は変われる」
「その考えがヘタレなのよ」
しかし、救いを求める僕に、涼美は容赦なく言う。
「うううっ、お前には思いやりという概念はないのか・・」
僕だって、小さいな頃は積極的に人前に出ていくような子だったのだ。それが、学校という狭い価値観の特殊なヒエラルキーの中で、常に底辺でいた中で、僕は、完全に打ちのめされ、自信と自己肯定感を失っていったんだ。
「やさしさと温かさをくれ」
「俺には今、人のやさしさが必要なんだぁ~」
しかし、心から叫ぶ僕の声など涼美はもはや聞いていなかった。涼美は、僕を無視して、ギターのチューニングを始めていた。
「うううっ、お前なぁ・・」
「おおっ、よしよし」
すると、ジェフがそんな僕を抱きしめ、ハグしてくれた。
「ジェフ・・」
「お前はかわいそうな奴だ」
だが、ジェフは、ハグしながら僕の頭をなでなでしてくる。
「うううっ、やさしさはありがたいのだが・・、なんか屈辱的・・」
ジェフはやはり、何かがズレていた・・。
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