第11話 感動のハーモニー

 涼美が、おもむろにギターを弾き始めた。

「あっ」

 知っている曲だった。ヴァンヘイレンのセブンスシールだ。迫力あるバッキングが、巨大なアンプの音圧でさらに迫力を増す。

 僕も涼美のバッキングに合わせてギターを弾き始める。僕もリフのカッコ良さに魅かれ、コピーしていた。二人のメロディーが重なり、気持ちよく調和していく。僕の中の芯の部分に痺れるような感動が走った。立場や人間性を越え、深いレベルで心が繋がり、共鳴しているようなそんな温かさが全身を包んでいく。一人で引いている時には決して味わえない感動だった。

「0h yeah walk me down to the wishing well・・♪」

 前奏が終わるとジェフが歌い出した。ジェフもセブンスシールを知っていたらしい。歌が入ると、俄然、曲らしくなる。僕らの共鳴はさらに、響き合い、力を増した。

「Help me find that miracle・・♪」

 ジェフは変な奴だったが、やっぱり歌声には何か独特の魅力と迫力があった。それに何と言っても英語の発音が完璧だった。ジェフは外人なのだからそれは当たり前なのだが、やはり本場の英語は、日本人には迫力があった。

 初合わせの即席ヴァンヘイレンだったが、いきなり形になっている。しかもかなりいい感じだ。 

 そして、ソロに入った。涼美のライトハンドがさく裂する。涼美のギターは半端なくうまい。さすがにただ態度がでかい美女というだけではなかった。僕は裏でバッキングを弾いていて、滅茶苦茶楽しかった。

 ジェフは変な奴で涼美は嫌な奴で、僕は小心の引きこもり。でも、音楽という媒介を通じて、僕たちは一瞬で繋がり、一体になっていた。僕はそれを深いレベルで実感した。

「音楽って素晴らしい」

 僕は心のそこから思った。

 演奏が終わった。最後の音の余韻が、名残り惜しそうに心に滲みこんでいく。

「音楽って素晴らしい」

 僕は、あらためて思った。こんなにも他人と楽器の音を合わせるだけで、素晴らしく楽しいということを初めて知った。

「なんで泣いてんの」

 涼美が訝し気に僕を見る。

「音楽って素晴らしい」

 そんな一人感動する僕を涼美は、露骨になんなのこいつという目で見ている。しかし、それすらもどうでもいいくらい僕は感動していた。

 僕はずっと一人でギターを弾いてきて、CDとしか音を合わせたことがなかった。誰かとこうやって音を合わせたことなど一度もなかった。だから初めて音を合わせたことに、自分の音が他の人の音と共鳴していることに感動してしまっていた。大げさじゃなく、生まれて初めて孤独から解放されたような気がした。

「嬉しい」

 死ぬほどうれしかった。まさか、僕の人生にこんな日が来ようとは・・、孤独に引きこもっている時には想像すらしなかった。しかもこんな美女と一緒に・・。僕は涼美を見た。涼美の横顔はやはり、古代ギリシャ全盛の至高の芸術作品のように整っている。

「性格は悪いが・・」 

「何よ?」

 鋭く涼美が僕を見返す。

「い、いやなんでもない」

 僕は目を反らした。

「あなたなかなかやるじゃない」

 その時、突然涼美が言った。

「えっ」

 僕は再び、涼美を見る。そして、驚きの目で涼美をマジマジと見る。

「何よ」

「褒めてくれてんの」

「そうよ」

「えっ」

「そんなに驚かなくてもいいでしょ」

「・・・」

 涼美が僕を褒めてくれている。ギターの腕前だけは認めてくれたらしい。僕はあまりの衝撃にその場に固まった。

「なによ」

「・・・」

 今まで誰からも認めてもらえず、特にこういった美女やイケメンなど、スクールカーストの特権階級の人間からは蔑みこそされ、褒められることなど微塵もなかった。認められるなど欠片もなかった。

「うううっ」

「なんで、また泣いてんのよ」

「うううっ」

 僕は堪らなく感動していた。

「なんなのよ。あんた」

 涼美が気味悪そうに僕を見る。

「なんなんでしょう」

 僕はしかし、涙を流し続けた。

「ところでバンド名は?なんて言うの」

 涼美が言った。

「あっ、そういえば」

 僕とジェフは顔を見合わせた。

「そんなことも決めてないの」

「決めてない」

 僕とジェフは同時にハモった。

「よしっ、これから考えるね」

 ジェフが言った。

「ジェフとヒロシとゆかいな仲間たち」

 ジェフがどうだと言わんばかりに僕たちを見る。

「絶対ヤダ」

 僕と涼美は同時にハモった。そこは意気があった。

「それなら、涼美さんとゆかいな仲間たちね」

「それも絶対ヤダ」

 僕が言った。

「う~ん、我がままボーイアンドガールね。よしっ、ヴァンヘイレン」

 ジェフが言う。

「いや、それ思いっきりパクりだし、しかも曲もパクってるわけだし、それは絶対にまずいし、ヴァンヘイレンって人の名前だし」

「ツッコミが長いわよ」

 涼美が僕にツッコミを入れる。

「でもカッコいいぞ」

「いや、だからそういう問題じゃなくて・・」

 やはり、ジェフはめんどくさい。

「じゃあ、先にバンマス決めましょ」

 涼美が言った。

「バンマス?」

「バンドマスター」

「バンドマスター?」

「バンドのリーダーのこと。そんなことも知らないの」

「し、知ってたさ」

 知らなかった・・。

「で、どうするの?」

「それはヒロシだ」

 ジェフが言った。

「はっ?」

「そうね」

「なんでだよ」

「いいじゃない。暇なんだから」

「そういう問題じゃないだろ。っていうか暇って決めつけるな」

 暇だけど・・。

「決定」

 涼美は勢いで持って行こうとする。

「おいっ」

 でも、心の中でちょっとうれしい自分もいた。

「いいでしょ。別に」

「ううっ、ま、まあ」

 ちょっと照れながら、僕は言った。

「決定ね」

「決定だ」

 涼美とジェフが言った。

「・・・」

 僕はバンマスになった。やはりちょっと嬉しい自分がいた。人から何か選ばれるなど人生の中でなかったことだ。しかも、リーダーなんて・・。

「はいっ、バンマス」

「えっ」

 一人感動する僕に、突然、涼美が紙を一枚差し出した。

「何これ?」

「この書類書いて、フロントでお金払ってきてね」

「はい?」

「おおっ、ヒロシ、ついでにコーラ買ってこい」

 ジェフが陽気に言う。

「・・・」

 僕は一人スタジオを出て、さっきの水木しげるじいさんのいる建物へ向かった。

「バンマスって・・、要するに、パシリってことか・・」

 僕は、この時ようやく理解した。

「だまされた!」

 そして、僕は気付いた。

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