第3話 コーラ行脚

「あっ売り切れだ」

 家から一番近い自動販売機のコーラは売り切れだった。

「しょうがない」

 僕はまた近くの自動販売機まで歩いた。

「・・・」

 ここも売り切れだった。しかも、コーラだけが売り切れだった。

「しょうがない・・」

 僕はまた近くの自動販売機まで歩いた。

「あっ、コーラがない」

 この自動販売機はコーラ自体がなかった。

「くそっ、なんでないんだよ」

 僕は何の罪もない自動販売機を平手ではたいた。こんなことをしてもただ自分の手の平が痛いだけだったが・・。

「コンビニか・・」

 結局、歩いて片道十分以上掛かるコンビニまで行かないといけなくなった。

「こんなことなら自転車で出てくるんだった。というか最初からコンビニに行けばよかった・・」

 思わずため息が出た。


「なんで見ず知らずの変な外人のために俺がこんなことしてるんだよ」

 と、一人ぶつくさ言いながらも、結局、僕はまじめにコンビニまで行ってコーラを買っていた。

「めちゃくちゃ時間掛かっちゃったな。あの外人大丈夫だろうか」

 やっと買えたペットボトルのコーラの入ったビニール袋を持ち、僕はなんだか急に不安になって来た。もう、家を出てから三十分以上が経ってしまっている。変な外人を一人家に残してのこのこ買い物に出るなんて、どこまでバカでお人好しなんだ。我ながら情けなかった。

「そういえば、母さんが帰ってくる時間だ」

 僕は更に不安になった。あいつが悪い奴じゃないにしても、変な外人が家にいれば相当驚くに違いない。僕は家路を急いだ。

「ん?」

 玄関を開けたとたん、なんかいい匂いがしてきた。それに何やら楽し気な話声がする。

「あっ、なんで一緒に飯食ってんだよ」

 居間の開き戸を開けると、母親は謎の外人とテーブルに向き合い、仲良く一緒に飯を食っていた。

「だって、お腹空いたって言うんだもん」

 母は平然と言う。

「っていうか、よく、訳の分からん外人と二人でいられるな」

 その訳の分からん外人を一人家に残し、そいつのためにコーラを買いに行っている自分も自分だったが・・。

「だって、かわいいんだもん」

 母は黙々とチャーハンを食べている外人を、自分の息子よりも愛おしそうに見つめる。

「・・・」

 お人好しで少し天然の入った母ではあるが、ここまでとは思っていなかった。

「ふうぅ」

 心配して損をした。それにしても、短時間で母とここまで打ち解けてしまうとは・・。僕は改めて謎の外国人青年を見つめた。

「・・・」

 やはりこの外人には、何か人を妙に魅了するというか、世話を焼きさせたくさせるというか、人の心に入り込むというか、そんな何か訳の分からん力があるらしい。僕も結局、家に入れ、コーラ買いに行っとるし。

「恐るべしこの外人」

 青年は、僕のそんな視線など、露ほども感じない様子で、もぐもぐとうまそうにチャーハンを無邪気に頬張っている。

「あれっ、ところで僕のは」

「ないわよ」

「なんでだよ」

「だって、彼が食べてるもの」

「僕の飯・・」

「おッ、コーラ、コーラ」

 いつの間にか僕のチャーハンを食べつくしていた謎の外人は、僕の手に握られたビニール袋の中のコーラを鋭く見つけた。そして、すぐにビニール袋に手を突っ込みコーラの入ったペットボトルを掴み出すと、グビグビとものすごい勢いで飲み始めた。

「ぷはぁ~、生き返るね」

 外人が目を輝かせ言った。

「やっぱりコーラは命の水ね」

「そんなにか・・」

 飲み過ぎると歯を溶かすと小学校の時に習って以来、まじめな僕はまったく飲んでいない。というか、健康志向の強い母親も買ってこない。

「ジェフ君は今夜どこに泊まるの?」

 母が訊いた。

「オレさまに泊まるところはない」

「いや、威張るところじゃないからっていうか、名前ジェフっていうのか」

「そうだ。オレさまはジェフだ」

 親指を突き立て自分に向けると、ジェフは胸を反らした。

「だから、威張るとこじゃないから」

 どうもこの外人には調子を狂わされる。

「しかし、すでに名前まで聞き出していたのか・・。どこまで打ち解けてんだよ。うちの母親」

 僕とまったく違い社交性の高い母親に、感心するやら、呆れるやらだった。

「だったら、あなたの部屋に泊めてあげなさいよ」

 急に、素晴らしいことを思い付いたみたいな顔で母親が僕を見た。

「なんでだよ」

「あんた暇でしょ」

「・・・」

 確かに暇だった。

「くそう、変な外人を招きこんでしまった」

 僕は命の電話に電話したことを心底悔いた。

「それに、あなたのために来たって言ってたわよ」

「まあ、それは確かにそうなんだけど・・」

「俺はお前の命を救いに来た」

「わあ~、わあ~」

 僕は慌てて両腕を思いっきり振りながら、全身でジェフの口を遮った。

「えっ、何、命?」

 母が怪訝な顔をして、僕とジェフを見る。

「もういいから、僕の部屋に行こう」

 僕はジェフの口をふさぎつつ、二階の自分の部屋へと引っ張って行った。

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