第13話 初恋

どうも、俺は笑っていたらしい。

あの日以来、何か楽しいことがあっても、あの日の憎悪が噴き出して笑えなくなっていたのに。


水無月がそんな俺の憎悪を忘れさせてくれたのか。


目の前の少女の顔を俺はじっと見ていた。


俺のクラスの委員長・水無月優子。

評判の悪いはずの俺に、毎日挨拶してくれて。

疑われて殺されそうになったとき、庇ってくれて。

弱い俺を、鍛えてくれて。

そして今、俺の代わりに激怒してくれた。


ありがとう……本当に、ありがとう……


水無月は目を眼鏡の奥でぱちくりとさせ、ふっと恥ずかしそうに眼を逸らす。


「北條君……そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど。あと、そろそろ手を離して」


「あっ、ゴメン」


思わず掴んでいた水無月の両肩を、俺は離した。


「……一応、私だって女の子だから、あまり気安く触るのはやめてね」


そりゃそうだ。

あまりに嬉しすぎて、気が回らなくなっていたらしい。


「悪かった。でも、ありがとう」


「何もお礼を言われることしてないよ。腹が立ったから暴れただけだし」


感情で先走って動きがちなクセ、直さなきゃなんだけどね。それで左遷されたんだから。

言って彼女は小さく笑う。


そういう仕草に、水無月の女の子らしさを感じた。


「あ、でも。これはお礼を言わなきゃかな?……殴られそうになったとき、守ってくれてありがとう」


「それこそ礼を言われることじゃ無いよ。あの状況で動けるのに水無月を守らなかったら、俺、クズじゃん」


フフッ、と二人で笑った。


……


何故だか、心臓の鼓動が早くなってくる。

水無月の目が、潤んでいるような気がした。



そのときだった。


人影が、俺たちの前に現れた。


軽薄な格好をした、見た覚えが無い男だった。




「あなた……!」


水無月は眉を顰めた。

水無月はこの男について知ってるらしかった。


「水無月、知ってんの?」


「さっきの不快な男の手下だった人よ。……何の用?報復?」


一夫の取り巻きの一人か……。

一応、水無月を守るように、一歩前に出て、俺はそいつを睨んだ。


しつこいんだよ。


「……めん」


すると、そいつは小さな声で何かをブツブツ言いだした。


「何?」


俺が言うと


「……ごめん!」


そいつは頭を下げたのだ。


「一夫の言ったこと、最低だと思った!でも、一夫が怖くて俺、一緒に笑ってしまった!だから謝りたい!ごめん!」


……で。

わざわざ俺たちを探して、謝りに来たと。


そんなこと、別に望んじゃいないんだけどな。

お前らのことなんか、今はどうでもいいし。


「……もう、いいさ。怖かったんだろ?行けよ」


厄介払いするように、そっけなく俺は言った。


「……許してくれるのか?」


「許せるわけねーさ。ただ、もういいってだけだよ」


そう。許せるわけがない。

ただ、だからといって制裁を加えてやろうと思わないだけだ。

俺の怒りは、十分水無月が理解してくれたから。


「でもっ、許してもらわないと!」


「……何でもかんでも、頑張れば許してもらえるなんてのは、甘いから。諦めて、帰れって。心配しなくても、報復なんてしないからさ」


食い下がる男に、俺はうんざりしたように言う。

結構いるよな。自分のやらかしを謝って無かったことにしたいって考える人。

俺は甘いと思うんだけど。

一回やってしまえばその件に関してはもう終わり、ってことはあると思うから。


そこまで言ってもまだ帰らないので、仕方ないので俺は言う。


「……どうしても気が済まないってなら、一夫についてくのやめな。あいつがあそこまで増長するの、自分についてくる奴がいるからだろ」


「それに、謝られても、その後も変わらずあいつの取り巻きの一人で居られたら、こっちとしても「もういいよ」なんて言えないと思わないか?」


これで、納得したらしい。


「分かった。あいつとは手を切る。本当に、ゴメンな」


……全くだよ。

頭をもう一度下げて去って行く人影に、俺はそうひとりごちた。




人影が見えなくなって。

また静寂と二人きりの空間が戻って来たけど。


さっきまでの雰囲気がもう無い。


……ちょっと「これが恋ってやつなのか?」なんて思ったんだけどな。

とんでもないときに、来てくれたよ。


水無月はどう思ったんだろう?

俺と同じように「邪魔しないで!」って思ってくれたなら、嬉しいんだけどさ。

無いか。夢見過ぎか。


……どうも、俺はこのクラスメイト女子が急速に好きになり始めているらしい。

こんな経験は初めてで、どうすればいいか分からない。


何故か、水無月が前より可愛く見えてくる。

数日前までよく話しかけてくるメガネ三つ編み女子って認識だったのに。


眼鏡の奥の目が綺麗だとか。

髪の手入れをよく見るとしっかりしてるとか。

戦闘員だけあって、身体のラインが綺麗だとか。


そういうことに、目が行く。


本来なら姉さんにでも相談するべきなんだろうけど、今はそれどころじゃない。

やるなら、今のこの問題が片付いてから。


しかし……


水無月って、昔、エリートチームに居たんだよな?

そのときに、誰かとつきあったりしたんだろうか?


ていうか、今も誰かと付き合っていたり?


左遷時に遠距離のセンもありえるし、学校内でこっそり付き合ってる誰かがいるのかもしれない。

それが無いとしても、今、現在進行形で水無月を口説いている奴がいるかもしれない。


……なんだか、焦りと、嫉妬心が湧いてきた。

まだ彼氏どころか、告ってすらいないのに、嫉妬心って……

ちょっと俺、ヤバイかも。

どうしよう。


ドン引きされるかもしれないけど、今、告った方がいいんだろうか?

ちょうど、人居ないし。


……よく言うしな。早い者勝ちってさ。

じゃあ、ここは行くべきなのか?前置きで「こんなときに言うのは不謹慎だって分かってる」って言えばイケるか?


そんな思考に飲み込まれていたら、水無月が目の前で手を左右に動かしていた。


「……北條君、何をそんなに考え込んでるの?」


キョトン、とした感じで言われた。

俺、考えるあまり周りが見えなくなってたのか。


……うん。よし。告ろう。

決めた。


いつにするか。

今か?それともしばらく後か?


しばらく後って?……例えば、水無月を家まで送って……


家をいきなり教えろとかいうの?キモくない?


……確かに。

じゃあ、そっちはボツだわな。


だったら……


今か。


行こう。

俺は覚悟を決めた。


今の気持ちを伝えるくらい、してもいいはずだ。


「ちょっと言いたいことがあるんだけど……」


そう、言いかけようとしたとき。


空気が、凍った。


ワーディング!?

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