第21話 真相

シャドウストーカー……藤堂一美は、40代のオバサンといったが、顔立ちはわりと整っていた。

若いときは、さぞやモテたんではないのかね。そう思える程度には。


だが。


アメリカの、政治家だったかで「ある程度の年齢になったら、人は顔にも責任を持たなければいけない」って言った人がいたらしいな。


それはつまり、同じ顔でも、長年の心根の持ち具合で、受ける印象が変わってくるってことなんだろう。


それが、良くわかったよ。

顔立ちが整っていても、邪悪な印象しか受けないから。この女からは。


それがジャームになったからか、元からそうだったのか。

今となっては分からないけれど。


「あなたを倒しに来ました。連続殺人犯。北條君のお姉さんも返してもらいます」


水無月は厳しい表情のまま、油断なく魔眼槍を構えてそう宣言する。

俺もそれに倣うように、腰を落とした。

すぐにでも飛び出せるように。


「倒すぅ……?ご挨拶ね。ゴキブリの分際で」


椅子に座ったまま、一美はそう吐き捨てるように言い、俺を指さした。


「本当に忌々しいゴキブリ!ゴキブリ一家!私たち家族の邪魔ばかりして!!」


一美の目は、怒りのためか、血走っていた。

そのまま、激しく罵り続ける。俺たちを。俺たちの家族を。


「一夫ちゃんを怒らせて自業自得で殺されたのに!逆恨み!」


「無実の罪で少年院に入れて、その上出所後にキーキー騒いで一夫ちゃんの未来を閉ざした!!」


「その上、今度は一夫ちゃんの可愛い遊びをあげつらって、また罠に嵌めようというのね!?許せないわ!!」


……可愛い遊び……だと?

それは、大林さんのことを言ってるのか?


聞くべきじゃない。

どうせ、まともな返答は返ってこない。


それでも、聞かずには居られなかった。


「お前は、女なのに……自分の息子が女の子を玩具にして殺したことを何とも思わないのか……?」


俺の問いかけに。


「一夫ちゃんに選ばれたことを誇りに思うべきなのよ。殺されたのは、その子が悪かったのね」


にやぁ………と笑みを浮かべて。

一美は、何の躊躇もなくそう答えてきた。


「北條君。抑えて。怒ってしまったら、勝てるものも勝てなくなるわ」


一美から視線を逸らさずに、水無月がそう俺に釘を刺した。

吹き上がりそうになる怒りを、水無月が抑えようとしてくれる。


「あぁ……分かってる。すまない」


そうだ……こいつはもう、人間じゃ無いんだ。

まともな人の心を失った怪物、ジャームなんだ……!!


藤堂一美……シャドウストーカー!


「一応聞いておきます……何で、連続殺人を犯したんですか?」


水無月の質問に、シャドウストーカーは答える。

そんなことも分からないの?と言った風に。


「決まってるじゃない」


常軌を逸する答えだった。


「殺人1件だったら目立つでしょう?だから数を増やしたの」


は……?


「あの馬鹿な女の子の死体はね、上手く遺棄出来たんだけど、あの事件1件だけだとね、捜査が集中しちゃって、どこかから証拠が出て結局一夫ちゃんがまた無実の罪で捕まってしまうかもしれないって思ったのよ」


普通に、思い出を語るように。


「だからね、思ったの。よく言うでしょ?木を隠すなら森の中、人を隠すには人ごみの中。じゃあ、殺人を隠すには殺人の中、でしょ?」


どう?このナイスアイディア?

そう言いたげに、シャドウストーカーは微笑んだ。


つまり、こいつは、息子の1件の殺人を隠すために、何の恨みも無い人間を、5人も殺したって言うのか……?


今、ようやく本当の意味で理解できた気がした。

ジャームが人間では無い、って言葉の意味が。


こいつは、これからも生きている限り、息子のための殺人を行うだろう。

これからも、数えきれないほどの人が殺されていく……


だから、生かしておくわけにはいかないんだ。倒さなきゃ、いけないんだ!


「……分かりました。もういいです。あなたを倒します」


「アンタを止める……アンタはこの世界にいるべきじゃない!」


俺たちは戦闘態勢を整え、飛び出した。

同時に床を蹴って、飛び出す。まとめて倒されないように、左右に散って、二手に分かれ、左右から挟撃するようにシャドウストーカーへと突進した。


シャドウストーカーは、そんな俺たちなど意に介さないように佇んでいる。椅子から立ち上がろうともしない。


……油断し過ぎだ!!一気に倒す!!


発動させた火炎拳をさらに燃え上がらせ、俺が拳を打ち出す。


水無月が、重力操作を加えた魔眼槍の突き。


いける、そう思った。


しかし。


「……あらあら。ゴキブリは一方的に退治されてればいいのに、人間サマに逆らうの?」


いつの間にか。

シャドウストーカーは立ち上がっていて。


両手を左右に翳し、その掌の上に、金属製の盾のようなものを浮かび上がらせていた。


俺たちの一撃は、それに受け止められている。


見ると、さっきまでシャドウストーカーが座っていた椅子が消滅していた。


これが、物質を組み替え、思い通りのものを創造するシンドローム・モルフェウスのエフェクトなのか……?


「本当に、ゴキブリってうざったいわ」


瞬間、俺たちは危険信号を察知し、その場を飛びのいた。

一瞬後、シャドウストーカーの盾から、無数の棘が飛び出し、俺たちがさっきまで居た場所を貫いた。


「チョロチョロ逃げるのは本当にお上手。本当、うざったい……」


俺たちを仕留め損ね、不機嫌に言う。

そして二つの盾をひゅんひゅんと回転させ、それを今度は二振りの剣に変化させる。

両手に引っ提げた二刀。


うち一刀を持ち上げ……自分の首を掻っ切った!


「な!!」


吹き上がる血潮。

しかし、シャドウストーカーの傷はすぐに癒えていく。


そして周囲に撒き散らされた血液から。


グググググ……!


巨大な、熊ほどの大きさの、蜘蛛の化け物が這い出して来る。


シャドウストーカーの従者。


それの、特別版……!!


「……負けそうになったからといって、一夫ちゃんに手を出すのはやめてねぇ?」


驚くほど優しく微笑んで、シャドウストーカー。

続く言葉は、悪魔そのものの表情だったが。


「もしそんなことをしたら、そこのアンタの姉ゴキブリを殺すわよ?」

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