第22話 母親

このオバサン、絶対何かやってた。


それが確信できた。

シャドウストーカーの剣捌きから。


動きが素人じゃ無かったんだ。

剣道も格闘技も、まともにやったことが無い俺だけど、それだけは分かった。


椅子から剣を二振り錬成したとき、オバサンの見掛け倒しを考えたけど。

とんでもない過小評価だったのだ。


俺と水無月が、死角に回るように移動しつつ、次々と連続攻撃を加えても。

シャドウストーカーはそれをなんなく躱し。


返礼とばかりに、二刀から斬撃を加えてくる。


その無駄のない動き。


躱し方は、数センチ単位だし、動きのキレも40代のオバサンと思えない。


そして何より怖いのは。


その表情だ。

戦闘に入る前は、憎悪、笑い、愉悦。

色々な表情が渦巻いていたのに。


今は、全く何の表情も浮かんでいない。


冷徹な戦闘マシーンになっている。

絶対、この女、戦う訓練を何かで受けたことがあるんだ。

そして、おそらく、それを相当なレベルで習得している……!


「……そんな……メチャクチャ強い……何なの、この女……!!」


斬撃を後ろに跳んで躱した水無月が、焦りの表情でそう漏らした。


「アナタたち、一山いくらのゴキブリと、私たち選ばれた上級の人間は、生活様式、教育方針、何もかも違うのよねぇ。次に生まれてくるときは……」


危険信号を感じる!

俺たちは左右に飛びのいた。


「上流階級の人間に逆らうのはやめておきなさい!!」


ザンッ!!


俺たちの背後から、超大型の蜘蛛の化け物……シャドウストーカー従者が、その脚先の剣で俺たちの居た場所を薙いだ。


シャドウストーカー本体に気を取られると、この通り従者の攻撃にやられてしまう。

しかし従者を攻撃しようとすると、そこのシャドウストーカー本体が見逃さない。


ジリ貧だった。

勝てる糸口が見つからない……。


俺は、燃え上がる自分の右拳を見つめる。


正直、威力には自信がある。

一撃入れれば、ひっくり返せる自信が。


しかし、その一撃が入れられないんだ……。


どうしよう。

このままではいつか負けてしまう。


そうなれば、俺はもちろん、水無月も、姉さんも……!


……


………


閃くものがあった。


「水無月」


ちょうど傍にいた彼女だけに聞こえるよう、俺は呟く。


彼女の方は見ない。返事も待たない。

見ないが、きっと分かってもらえると確信していた。

理由は分からないけど。


俺は前に出る。


そして、両掌を、シャドウストーカーと、その従者に向けた。


……一応。

白兵戦メインで戦うことにすると決めた後も。

レネゲイドコントロール……通称RC攻撃の訓練は、暇を見つけたらやっていた。

いつ、つかうことになるか分からないからだ。


おかげで、発動だけは何なくやれるようにはなったが、狙いがまだまだ。

激しく動き回る相手に、未来位置を予測して当てていくほどのレベルにはまだ達していない。


でも、今はそれで充分なんだな!


「喰らえっ!!」


ゴウゥ!!


気合を込め、翳した手から、激しい火炎が渦を巻いてシャドウストーカーと、その従者に殺到する。

点より面。


それを意識して、火炎を撒いた。


「……ピンポイントで無ければ防ぎようが無いだろう、とでも思ってるのかしらね?」


シャドウストーカーは、慌てることなく、従者を後ろに下がらせる。

そして、二刀を持った両腕を広げると。


目の前に、透明な、まるで防弾ガラスのような、分厚い壁が現れて。

俺の放射した火炎を、左右に受け流していく。


空気から錬成したのか?


「効かないのよ。無駄なのよ。いい加減諦めたら?」


そしてまた、シャドウストーカーは笑う。

本当に、愉快そうに。


「今、諦めたら、アンタの姉ゴキブリだけは、アッサリ殺してあげてもいいわ。本当は、姉弟仲良く嬲り殺しにしてやろうと思っていたけど」


圧倒的実力差。まともに、正面からやれば、俺の攻撃は絶対に届かない。

俺は、悔しそうな表情をして……驚愕の表情を浮かべた。


「しまった!!?」


俺の声を聞き、シャドウストーカーが気づいた。


……部屋が、火の海になっていることに。


俺の撒いた火炎が、あちこちに引火。

赤猫が走るという言葉通りに、あっという間に部屋は炎に包まれている!!


「姉さん!!」


俺は焦りの表情を浮かべて、姉さんが転がされている場所へと走った。

このままでは、姉さんが炎に飲み込まれてしまうから。


「蜘蛛!そいつの邪魔をしなさい!!女を助けさせるな!」


シャドウストーカーは、そう指示を出した。

俺は奴を見ないで必死で走った。


姉さんを、救うために。


シャドウストーカーの指示を受けた蜘蛛は、蜘蛛のくせに器用に、燃え盛る炎を避けながら俺に迫ってくる。


……やっぱり、炎は避けたいんだな。

疑似生物でも。


俺は、炎の中に


突っ込み。


そのまま、姉さんのところに一直線で辿り着く。


……自分の燃える手を見て、考えた。

ひょっとして、俺、自分のエフェクトでは傷つかないんじゃないのか?


これだけの炎を放出しているのに、何故か感覚的に「耐えられないほど熱い」とは感じないのだ。


だったら、これ、アドバンテージにならないか?

俺が自分の出した炎では傷つかないとして、自分だけが炎を無視できるなら。


危険な賭けだとは思ったよ。

でも、今はこの方法しか思いつかなかったんだ。


それに、何か、確信があったんだ。

いける、って。


蜘蛛は炎を避け、飛び越えながら迫ってくる。

俺が姉さんのところに辿り着いたからなおさら焦っているようだ。


炎に突っ込んで抜け出してきた俺は……全くの無傷だった。

服すら焼けていない。


俺の直感は、正しかったらしい。

俺は、賭けに勝った。


足元には、気を失った姉さん。まだ炎には巻かれていない。

しかし、時間は無い。


これだけの炎だ。

熱にやられなくても、一酸化炭素中毒になることだって考えられる。


はやく、ケリをつけないと。


蜘蛛は迫ってくる。飛び跳ねながら。


……空中に居るときは、複雑な動きは無いよな。

予想通り。


しかも、俺に迫ろうと焦ってる。


……ありがとう。

俺みたいなヘタクソでも、当てられそうだよ。

このレベルの標的ならな。


俺は、胸の前で手のひらを向き合わせ、そこに輝く光の球を作り出す。

今、俺がやれる、最大のRC攻撃だ。


……名付けて、プラズマカノン!!


「喰らえッッ!!」


ありったけの気合を込めて投擲した輝く光の球は、ちょうどジャンプの頂点に達し、身動きが取れなくなったシャドウストーカーの従者を直撃し。


閃光を放って、一瞬で消し炭に変えた。



……そして。



「アギイッ!?」


……アンタ、母親だもんな。

酷く歪んじゃいるけどさ。


馬鹿が無計画に、破れかぶれでムチャクチャやって、大惨事を引き起こして。

その当の馬鹿が、泡食って自分の身内を助けに行ったらさ。


自分も、そうしたくなるよな。

だって、馬鹿がやったことだぜ?

どれだけ無計画か、分かったもんじゃない。

放置してたら「手遅れでした」これは十分考えられる。


特に、布団なんか、火が回るとやばいもんな。


ほっとくとまずいもんな。


だから、絶対に自分で助けに行くと思ったよ。

ベッドに寝かせてる、アンタの、息子を。


従者を俺に向けてくるのも予想してたよ。

姉さんを助けられると、アンタの息子、狙い放題になるもんな。

絶対阻止したいはずだし。


でもさ。


その状態で息子を助けに行くことに意識が向いて……


……それを見逃す、水無月だと思うかい?



……水無月が、シャドウストーカーの背後から、魔眼槍で背中から胸を刺し貫いていた。

貫通した槍の穂先が、ベッドに突き刺さっていた。


まるで、モズの早贄のように。


ゴボゴボと口から血を吐き、シャドウストーカーは驚愕の表情を浮かべている。


シャドウストーカーの背中と胸に空いた穴から、血液が噴き出す。槍が栓になってるせいか、控えめに。

水無月は、返り血を浴びないように飛びのき、槍をそのままに床を蹴って、天井を蹴り、立体的に移動して、俺の傍に来た。


「北條君……よく、こんな手を思いついたね……」


興奮したように水無月が言い、指を鳴らす。

すると、シャドウストーカーに突き刺さったままの魔眼槍が元の魔眼に戻り、持ち主の下に飛んできた。

同時に、血を止めていた栓が抜け、ベッドに倒れ伏しながら盛大にシャドウストーカーの背中と胸の傷口から血液が噴き出した。

もう、シャドウストーカーは動かなかった。


「閃いたんだ」


それだけ言って、脱出しよう、と言った。

もう、ここに用はない。


「うん。そっちは任せて」


よいしょ、と言いつつ、水無月は姉さんを肩に担ぎあげた。


「大丈夫か?」


女の子には無茶なのでは。

そう思ったが。


「大丈夫。重力を操るバロールのオーヴァードだよ?私」


本当に平気そうな顔で、とことこと大窓まで歩き。

大窓に手をかざし、重力操作で木っ端微塵に破壊した。


「ついて来て。着地寸前に、重力操って安全に着地させたげるから」


頼もしい限りだよ。

でも。


「……先に行っててくれ」


俺は、水無月とは別の方向に歩き出した。

やり残したことがあるから。




窓から俺が飛び降りて。

水無月の助けで問題なく着地させてもらったとき。


「……北條君……そいつ、助けたんだね」


何か、感じ入るものがあったように、水無月。


「……こんなやつの命、背負うのは冗談じゃないからな」


そう言って、担いできた藤堂一夫を地面に放り出した。

あのまんまだと焼死は免れない。

勝つためとはいえ、火をつけたのは俺。


だったら、あのまま放置したら俺が殺したのと一緒になるじゃ無いか。

冗談じゃねぇよ。


誰が、こんな汚い命を背負いたいもんか。

お前はこれから、無様に生きて、犬のように死んでいけばいいんだ。

俺が、知るか。


気を失ったまんまのそいつについては、俺はそれっきり見るのをやめた。


しかし……


「疲れた……」


戦いが終わったので、俺は地面に腰を下ろして大きく息を吐いた。


「お疲れ様。大活躍だったよ」


水無月が、俺の隣に腰を下ろしてきた。


「水無月もありがとう。俺の意図を汲んでくれて」


あのとき、小さな声で「必ずシャドウストーカーに隙を作る。その時に一撃で倒してくれ」って一言言っただけなのに。

ちゃんと汲んで、結果を出してくれた。


「息、ぴったりだったよね。……ねぇ?」


ずい、と水無月。

顔を俺に近づけてきた。


え?


ちょっと、近いけど……?


「私たち、すごくいいコンビだよね?」


間近に近づいているので、水無月のすごくいい香りを嗅いでしまう。

水無月の、眼鏡の奥の目は、潤んでいた。


う……かわいい……


目が相変わらずパッチリしてて綺麗だし。

唇の感じも可憐でいいし。

骨格がやっぱ、男と決定的に違って、華奢なのがゾクゾクする。


抱きしめたい衝動が湧いてくる。


一緒に戦い、死線を潜り抜けたから、水無月も興奮してるのか。

だから、一時的に異性を求めるような状態になってるのかも。

こういうの、本能的にそういう効果を生みそうだしな。


しかし、どうするべきなのか。


この場で衝動のまま抱きしめてしまうと、なんか、俺。


……大人の男になってしまいそうな気がする。

それ、いいの?


告ってもいないのに、その場のノリでやってしまうのか?

心臓の鼓動が早くなってきた。

こういうの、手順が大切なんでは……?


しかし、ここで行動を起こせないような男、逆に評価下がったりしないか?

ああ、どうしよう……?


経験無いし、相談もしたことが無いから良く分からない。


悩む俺の耳に、さっきまでの戦場だった部屋の爆発音が聞こえてくる。

炎は本格的に燃え広がり、藤堂家全体を焼こうとしている。あちこちで爆発音、ガラスが割れる音が聞こえる。


そのときだった。


ガシャアアアアアアン!!!


当の、さっきまでの戦場だった部屋の大窓がもう一枚、砕けて。

中から、何か巨大なものが飛び出してきた。


それが、すっかり警戒を解きつつあった俺たちの前に降ってくる。


それは。


「ゴキブリ、ゴキブリ、ゴキブリィィィィ!!!」


下半身は、巨大な絡新婦。

上半身は、人間の女……シャドウストーカー・藤堂一美。


そういう怪物だった。


まだ、息絶えていなかったのか。


しかし、その姿は、変わり果てていた。


眼は瞳が無くなっており、眼球が真っ赤な複眼のようなものに置き換わっていた。。

眼から血涙を流し、流した血涙が歌舞伎の隈取のようになっている。


胸に開いた傷口は、蜘蛛の顎へと変貌していた。


そして両手に、酷く馬鹿でかい剣を二振り、握っていた。


「カズオチャンをクルシメルヤツ、イカしてオカナイわ!」


狂笑を浮かべながら、変わり果てたシャドウストーカーは、剣をクロスさせる。


……戦いはまだ、終わっていなかった。

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