第11話 告白

「……痛いところを突いてくるね。北條君は」


三角座りのまま。

水無月は苦笑していた。


「……ゴメン。でも、どうしても聞いておきたかったんだ」


「結構苦い記憶なんだよ?」


顔を自分の膝に押し付けて。

水無月はそうポツリと言う。


「絶対嫌だったら無理強いはしないけど、できれば知りたい」


何故って、一緒に戦うことになるかもしれない相手が、過去に何をやったのか。

知っておかないといけない気がしたからだ。


水無月はしばらく沈黙し。


「分かった。話してあげる」


話してくれた。


私ね、バロールシンドロームの奥義のひとつ、通称「時の棺」が使えるの。

狙った相手の時間を、ほんの一瞬だけだけど、停めることが出来るエフェクト……すごいでしょ?

まぁ、数日に1回くらいが限度だから、連発できないんだけど。


でも、それで重宝されて、結構上のランクのチームのメンバーに入ってた。

敵ジャーム、敵エージェントが何か致命的な技を繰り出して来た時、それを失敗させるための奥の手として。


でもね。


ある作戦の時、チームで仲の良かったメンバーが、重傷を負ったのね。

そこに敵の追撃が来た。


そのときにね、使っちゃったの。

「時の棺」


その子を救う手段は、他のメンバーが持ってた。


でも、使っちゃった。

信じ切れなかったんだね。


私の役目は、誰か一人を守ることじゃなくて、チーム全体を守ることだったのに。


そのせいで、結果は作戦失敗。

肝心なときに、敵の奥の手を封じることができなくて。


死人は幸い出なかったんだけどね、言われたわ。


「残念ながら、キミをチームに入れておくのは危険だ。抜けてもらう」


そして、この街に転勤になったのよ。

まぁ、自業自得なんだけどね。


「自分に与えられた役目を正しく理解しないで、感情で先走った結果よ」


そう自嘲気味に笑って、水無月はその話を終えた。




水無月には悪いことをしたと思う。

でも、聞いておきたかったんだ。


水無月が何で失敗したことがあるのか。それが分からないと、信用して背中を預けるのは難しいんではないかと思ったから。


「ただいま……」


支部での訓練での出来事を思い返しながら、俺は自宅の玄関に入った。

靴を脱ぎながら、姉さんにも悪いことをしていると思う。


早く帰るってあの日約束したのに、訓練をしてもらうために完全に破っている。

初日は怒られた。

何かあったと思った!連絡くらいしなさい!って。

もっともだ。


俺は平謝りした。

したけど。


明日も似た感じになる、と伝えたんだ。

猛反発された。理由も聞かれた。


でも、答えられないから黙ってた。


最後に姉さんが折れて、もう勝手にしたら?って悲しそうに言った。

胸が痛んだよ。


でもさ。

ここで訓練を積んでおかないと、大林さんの仇を討つときに、手を貸せないかもしれないんだ。

ゴメン、姉さん。


理由は言えないけど、許して欲しい。


靴を脱いで家に上がると、家の中が暗い。

もしかして誰も居ないのかと思ったが、玄関に姉さんの靴があったことを思い出す。


だったら、これは一体……?


そのとき、すすり泣きが聞こえた。


姉さんだ!


直感したので、俺は走った。

そして、すすり泣きの聞こえた部屋を開ける。


そこは居間で、部屋の中央で姉さんが座り込み。制服も着替えずに明かりも点けず一人泣いていた。


「姉さんどうした!?」


俺はそう言って駆け寄る。

俺の声で俺が帰って来たことに気づいたのか「あれ?もう、帰って来たの?」と姉さん。


「何かあったの!?」


「ううん……ただ、杏子ちゃんのことを思い出していただけ」


帰宅して一人になったとき。

ふと、親友の大林さんとの思い出が頭の中に蘇ってきて。

思わずその場で泣き崩れてしまったとのことだった。


姉さんは語った。

彼女との思い出を。



あれは、今から2年くらい前だったかな。

杏子ちゃんと一緒に、学校から帰っていると、私たちの道を塞ぐように、高級そうな車が停まったの。


すると、そこから一人のおばさんが降りてきて。


身なりはだいぶ良かったよ。

一目で「お金持ちだ」って分かった。


そのおばさん、私たちの方に大股で歩いて来て、いきなり封筒を突き出して来たのね。


それでね、言ったの。


「これで、息子の悪評を言いふらすのやめてもらえる?」


封筒の中には、一万円札がぎっしり入ってた。

それでわかっちゃった。


ああ、このおばさん、お兄ちゃんを殺したやつの母親だって。


「あなたたちが済んだことを言いふらすから、息子がいつまで経っても就職できないのよ」


「もうちょっと大人になったら?はっきり言ってゴキブリみたいよ?あなたたち?」


「お金が欲しいんでしょ?ホラ、受け取りなさいよ」


許せなかったけど、ものすごく怖かった。

どうしてこんな、メチャクチャなことが言えるんだろう?

この人、人間の心持ってないんじゃないの?


鬼か悪魔が目の前に立ってる気分だった。

だから、私は何も言えないで固まってた。


そこに。


「ゴキブリはあんたでしょ!?」


杏子ちゃんがね、私を守るみたいに一歩出てくれたのよ。


「金が欲しいんだろ、ですって?最低だわ。アンタの息子とやらが就職できないのも、それは全部心の醜さが招いたことじゃないの!?」


「なんですって!?」


「取り消さないからね!?ワタシ、間違ったことなんて一言も言ってないし!いこ、琴美!こんな汚い人と関わる必要無いよ!」


私の手を引っ張って、助けてくれた。



「……あんな、強くて、かっこよくて、優しい杏子ちゃんが、なんで、あんな無惨に殺されなきゃいけないの……?」


そういって、姉さんはまた泣いた。


「犯人は捕まらない……お兄ちゃんのときみたいに、また、私の大切な人を奪ったやつは何の裁きも受けないんだ……きっと」


姉さん……


姉さんの気持ちは、手に取るようにわかる。

でも、今回の事件の真相の一部を教えられている俺は、おそらく正規の法で犯人を裁くことはできないだろう、ということを知っている。

何故なら、相手はジャームだからだ。

真相を公表することが出来ない以上、表向きはおそらく迷宮入りになってしまうだろう。

その場合、姉さんにどれほどの苦しみを与えてしまうのか。


何も出来ない自分に、また、怒りが湧いた。

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