第12話 笑顔
「なぁ、今回の件、犯人に辿り着いて、処理したとして。その場合、世間での事件の扱いはどうなるのかな?」
俺は、水無月とファーストフード店に入っていた。
訓練が終わった後、ちょっと話したいことがあると言ったら、夕食がてら、ということで連れ込まれたのだ。
向かい合って座り、どうしても聞きたいことを聞いていた。
無論、外だから言葉は選んで。
「やっぱ、迷宮入りになるのか?」
事件の真相を説明できないから。
「……場合によるね。あまり、迷宮入りを増やすと、警察の威信が落ちて治安が悪化するから苦情がきちゃうし」
可能なら、何かこじつけて一応の解決案は示すかもしれないよ。
マト(ジャーム)の表の顔に全ての罪を被せて、被疑者死亡で書類送検とか。
ドリンクをストローで一口飲んで、水無月は言った。
「そうか……」
それで、姉さんの心に傷が残らない結末になってくれればいいのだけど。
「何かあったの?」
「実は……」
姉さんが不安定になってて、今回もうやむやになると心を壊してしまうかもしれない。
そう水無月に囁こうとしたとき。
そのときだった。
「おや、ガリベンゴミの弟じゃーん」
二度と聞きたくない声だった。
「ガリベンゴミの弟が、女連れ?いっちょ前に?」
その男は、ヘラヘラと笑いながら、俺にそう言ってきた。
俺は無視する。
普通の背丈、普通の体型。
だが、その顔は、見ようによっては整っているようにも見えるのだが、その心の醜さが隠せず。
他人に対する共感性の無さ、凶暴性、そして致命的な知能の低さ。
分不相応なプライドの高さ。
それらが滲み出して、なんとも醜悪な雰囲気を醸し出している。
俺の兄ちゃんを焼き殺して、わずか数年で少年院から出てきた男……藤堂一夫だった。
こいつは、取り巻きを連れていた。
数は10人を超えるだろうか。
他の客が怯えているのが伝わってくる。
……出た方がいいのか?
そう思ったが、冷静に考えると、こいつがわざわざ俺に絡むためにこの店に入って来たとは考えにくい。
たまたまだろう。
だったら、こんなのの入店を許した店側に責任があるわけで。
しかし。
水無月が不愉快だろうな。
やはり、出るか。
「水無月、出よう」
食べかけのハンバーガーを包みなおし、彼女にそう促す。
「う、うん。分かった」
一夫を無視して店を出ようとしていると、一夫は無視されて馬鹿にされたとでも感じたのか。
「てめえ!舐めてんのか!」
と喚き始めた。
会話する気は毛頭ないので、俺はさらに無視する。
すると。
「女連れてどっかしけこむのかよ?……女も知らず焼け死んだガリベンゴミが草葉の陰で泣いてるぜぇ?」
俺の手が、止まった。
……何だと?
「おうおう。お前ら、俺、人を殺したことあるんだぜぇ?」
「さすが藤堂さん!すげぇや!」
「こいつの兄貴の、しょうもないガリベンゴミを、油かけて焼いてやったのよ。ウケたウケた」
「ゴミだけに焼いて処分したってわけですね!?」
「そうそう。面白かったぜ。焼け死ぬまでのリアクション。かあさ~ん、とおさ~ん、ことみ~~、ゆうじ~~~」
一夫が、兄ちゃんの断末魔の叫びのモノマネをはじめた。
それを聞き、笑う取り巻きたち。
俺の身体が、震え始める。
……許せない。
これだけは、絶対に許せない……。
脳裏に、夢の光景が浮かぶ。
今の俺なら、あれは実現できる光景だ。
やれば全てを失うが、俺の中のどす黒い部分が、やってしまえと叫びだす。
その言葉に、俺は従いそうになったが
パンッ!
その一瞬前に、水無月が突如立ち上がり、一夫を平手で思い切り張り倒していたのだ。
「あなたたち最低の人間よ!外の世界を歩かないで!!」
眼鏡の奥で目を吊り上がらせて。彼女は激怒していた。
「人を殺したことを後悔せずに誇るなんて!人の思考じゃ無いわ!そんな人間は、外を歩いてはいけないのよ!一生刑務所に入ってて!!」
水無月は、全く怯えずに、正面から言葉を叩きつけていた。
そりゃ、UGNで戦闘員の訓練を受けてきた彼女だ。その気になればこの程度のチンピラくらいなら、エフェクトを使わなくても対処できるのかもしれない。
でも、その時の俺は。
彼女のそんな振る舞いに、吹き上がりかけたどす黒い怒りが急速に静まるのを感じ。
彼女に対して、頼もしさすら覚えてしまった。
純粋に嬉しくて。
怒りに震える鬼から、人間に戻った気がした。
「……なんだとぉ?」
殴られて動けずにいた一夫が、金縛りから解けて、水無月につっかかってきた。
拳を振り上げている。殴る気か。
「女だから殴られないとか思ってんじゃねぇぞ!!」
危ない、と思った俺は、一夫と水無月の間に割って入り、拳を左手で受け止めて、右で思い切り殴り倒した。
そしてそのまま、水無月の腕を取り。
「出よう!」
ハンバーガーはそのままに、二人で身一つでその場を逃げ出した。
だいぶ離れた場所まで二人で走って。
そこで、ひとごこちついた。
「ごめんな。ハンバーガーは今度俺が奢るからさ」
自分のせいでトラブルを呼んで、夕食を食べられなかったことを謝罪する。
周りと見ると、ベンチがあって、植え込み、遊具があった。
どうも、公園まで逃げてきたらしい。
「別にいいよ。北條君のせいじゃないでしょ?」
そう微笑みながら言ってくれた。
そして。
「……あんな邪悪な人間も居るんだね。私たちは、日常を守るために仕事しているんだけどさ。ああいうの見ると、自分の仕事に疑問持っちゃうな……」
眉根を寄せてそう彼女は言った。だが、俺はそれには答えず、彼女の両肩に両手を置いて
「……ありがとう」
礼を言ったんだ。
水無月は、俺のために本気で怒ってくれた。
それがこんなに嬉しいなんて。救われるなんて。
「……北條君?」
突然のその行為に、ちょっと戸惑っているらしい。
そして、ちょっと面白そうに。
「北條君って、そんな顔で笑うんだね。はじめてみた」
俺は、そんなことを言われた。
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