最終話 新生活

この田舎町で多数の悲劇を起こした怪物が、炎に巻かれ、焼き尽くされ、倒れ伏し。

本当に死んでしまったとき。

あとに残ったそれは、ただの人の死体と変わらなかった。


ただの人間の焼死体だった。

……怪物は、死んだ。


どういう経緯で、こんなものになってしまったのか分からない。

でも、こいつは倒すしか無かったんだ。


人では無くなっていたから。


……あまり見ないようにした。

仕方ないことだったとはいえ、自覚したい事柄じゃ、無かったんだ。


「……今度こそ、本当に終わったんだな……」


そんな気持ちを誤魔化すつもりは無かったが、俺は独り呟いた。


シャドウストーカーへの最後の一撃を全力で決めて。

俺は、そのまま地面に無様に突っ込んで。


あちこち擦り傷を作って、芝生の葉っぱ塗れになってしまった。

身を起こして、葉っぱを払う。


いてて……


「北條君!ありがとう!凄かった!」


俺に、興奮顔の水無月が駆け寄ってきてくれる。

……凄いのはお前だっての。


「ナイスアシストだったよ。やったじゃん。リベンジできたじゃんか『時の棺』使ってくれたんだろ?」


あの一瞬、水無月が時の棺を使わなければ、返り討ちに遭って死んでいたのは俺だった。

お前、凄いよ。やっぱ、エリートだわ。


俺がそう礼を言うと、水無月は俯いて。


黙ってしまった。

……なんか、口元が緩んでる気がする。


ひょっとして、嬉しがってる?

なんだか、こっちまでドキドキしてくる。


「ハイ!イチャイチャは後にしてくれるかな?後は学校かデートでやってくれたまえ!キミに今後の方針を話しておきたいからさ!」


……だが、そんな雰囲気は、泉先生の肩に乗ったブラックさんの一声でぶっ壊された。


ちょっとムカついたが、まぁ、言わんとすることは分からんでもない。

これから、色々事後処理があるんだろう。

焼けた藤堂家の始末だとか。

事件の表向きの真相をどうするのかだとか。


それをわざわざUGN関係者でもない俺に連絡とか。

効率悪いからしないだろうし。


だったら今、大まかに教えてやろうってことか。

ブラックさん的には親切なんだろうね。


でも、なんかイラっときた。


……なんか、水無月からも怒りの感情を感じた。

気のせいか?


「まず、事件の真犯人は藤堂一美ということになると思う。これだけの規模の殺人事件で、迷宮入りは警察へのダメージがデカ過ぎるからね」


……良かった。

姉さんにとって最悪の「誰も罰せられなかった。逃げおおせた」ってシナリオにはならないのか。

でも、ようは被疑者死亡ってことか……。


それはそれで、悔しいだろうな……。


「彼女の遺書を偽造して、全ての罪を償うために自宅に放火して自決したというシナリオにすると思うね」


まぁ、それが無難だろうな……


「……そして、これは心苦しいところだけど、藤堂一夫は罪に問えない」


……来たか。

覚悟はしていた。


凶器、残っていないだろうしな。


モルフェウスの能力を目の当たりにして、凶器を分解していないはずがないと思ったから。

分解してしまえば、もう二度と出てこない。


そして、さすがに証拠の偽造をして、偽造した証拠で一般人を、例え本当は罪人でも、有罪にすることはできないってことか。


「北條君……」


水無月が気遣ってくれる。

ありがとう。


「いや、いいよ。覚悟はしてたんだ……」


「でもね」


それに被せるように、ブラックさんは言う。


「……藤堂一美は祖父の彼岸島光成以外の親族全員に嫌われている。そして、現当主の彼岸島光成は、体調が最近思わしくないって話があるんだ……あと」


彼岸島光成と、藤堂一夫は面識が無いんだな。

正真正銘。ただの一度も。


おかしいと思わないかい?

娘孫が可愛いなら、普通の感覚なら、その子にも会いたがるはずだ。


何故だろうね?


ブラックさんの物言いは、含みがあった。


俺は、それをこう捉えた。


ようは、藤堂一夫は、彼岸島光成にとって、どうでもいい存在なんだな、ってことか。

藤堂一美も歪んだ人間だったけど、祖父も相当歪んでいるらしい。


……だから、何が言えるか?


「ようは、もうソイツ、金づるが無くなるんですね?」


「……おそらく。光成が愛した一美は、今日、焼身自殺したわけだからね」


まぁ、ひょっとしたら可愛い娘孫の忘れ形見だ、って思い出す可能性もあるけれど。

光成のじーさんの命が尽きたら、どのみち無くなる。


何故って、他の親族に嫌われているわけだし。

次の当主は、金なんてくれないよ。


……金もなく、人望も無く、能力も倫理観も無い。

おまけに殺人の前科持ち。

生きていくのは厳しいだろうな。まぁ、俺は知らんがね。


あとは神様に任せるわ。本当に、俺はもう知らん。


「他には?」


「無いかな」


それを聞き、俺は息を吐く。


今度こそ、終了か……。

なんか、だるいわ。

俺は項垂れて、ぐったりしていた。


「アナタ、才能があると思うわ。高校卒業後にはウチに来ない?給料はいいわよ?」


プシュウウウウウ


妙な音と一緒に、泉先生がそんなことを言ってくる。

まぁ、こんだけ大変で、薄給だったらやってられませんしねー。

給料いいってのは分かりますけど。


正直ゴメンですわ。

俺は普通の仕事に就きますんで。


「せっかくですけど……」


丁重にお断りしようと、顔を上げて。


固まった。


そこには泉先生が居た。


全裸で。


「……やっと完全獣化を解除できるわ。しんどいのよね。このエフェクト」


どこも隠そうとしないで、首の関節をコキコキやっている。

動きに合わせて、豊かで形のいい胸がぷるんぷるんと揺れている。


乳首の色が、鮮やかだった。


肌の色は白くて、染みひとつない。


胸は大きいのに、腰は細い。


すごい身体だった。

服の上からでも分かっていたけど。


そして腰の細さに反比例して、お……


ゴキッ


横から水無月の細い手が伸びてきて。

異様に強い力で、俺の首を横に無理矢理回転させた。


「姉さん、外で完全獣化解くのやめなって。昔は慎み深かったのに」


「だってしんどいんだもの。それにもう、裸見られるの慣れちゃってるし」


「この巨乳!痴女!変質者!そのおっぱいで北條君を誘惑してUGNに勧誘しようなんてやり方が汚いんですよ!!」


遠くなる意識の中で、俺は三人の声を聞いていた。




あれから、1週間経過した。

臨時教師の泉先生は、昨日付で学校を去った。

理由は「一身上の都合」ってことになっていた。


正直、出て行ってくれてホッとしている。

あの日以来、泉先生を見ると、あのとき見た強烈な裸身を想像して、ちょっと落ち着かなかったから。

そしてその度に、背中に何か冷たいものを感じた。


刺激が強すぎる人だ。

悪い人ではないけれど、二度と会いたくない。



事件の顛末が報道された。

内容はブラックさんが事前に言った方向とほぼ同じだった。

被害者たちが息子を蔑んだように感じたから、殺していったが、警察の追及が迫ってきていると感じ、覚悟の焼身自殺を遂げたと。

姉さんは「死んで逃げるなんて……どこまで汚い人なの」と憤っていた。

姉さんが可哀想だったが、これでもまだマシな方なんだよ……。


大林さんを失った傷が癒えるのは、まだ先になる。

これからだ。

これから、姉さんを支えるんだ。



で。

水無月への告白だったが……。


実は、まだ出来ていない。


お前は腑抜けか?って?


いや、だって。

どのタイミングでやればいいのか、分からなくて。


とはいえ、こういうのがスピード勝負だってのはよく聞く話だから。

だいぶ前から、覚悟は決めていた。


ちょうど、今日は水無月に「大事な話があるから、いつかのハンバーガー屋さん行きましょ。北條君、奢ってくれるって言ってたし」と誘われた。

今日、やらなくていつやるんだ。


俺はやる。やってやるよ!


「でね、話なんだけど……」


いつかの食べ損ねメニューを、また注文して。

人気のない隅っこの席で向かい合って、俺たちは座っていた。


「北條君、イリーガルエージェントになってもらえないかな?手が足りないときの臨時雇いの、バイトエージェントみたいな立ち位置なんだけど」


水無月は、ニコニコしていた。

彼女の笑顔は、眩しい。


「当然、そのときは仕事のお給料は出るよ。加えて、UGNにイリーガル登録しても『善意の協力者』って立ち位置だから、どうしても嫌な仕事なら拒否も出来るし……どうかな?北條君の才能、眠らせるのは勿体ないと思うんだよね……」


俺は水無月の話は聞いてはいた。

聞いてはいたけど……


決意していたことで頭が一杯になっていたので。


やってしまったのだ。


「そんなことよりも、聞いて欲しいことがある」


一方的に、そんなことを言ってしまった。


水無月は、何?と言う風に俺を見る。


俺は続けた。


「俺、お前の事好きだから、彼女になって欲しいんだ」


……言えた。

と、思ったが……


……しまった!!!!


前の水無月の話を考えたら、まるで俺の彼女にならなきゃイリーガルエージェントになってやんないぞと言ってるみたいじゃないか!!!!

脅迫じゃねーか!!!


論理的な大ミスに気づいてしまった俺は、即座に身を乗り出して追加する。


「あ、イリーガルエージェントの件は無論OKだし、別に彼女になってくれなくても、水無月のお願いなら全部聞くから安心して!!」


水無月は、ポカンとしていたが。


一瞬後、プッと噴き出して

笑いながら呟くように言った。


「……どーせ、脅迫に聞こえたんじゃないかとか思ったんでしょ?真面目なんだから……」


……え?


彼女は続けた。


「大体、気のない男の子に、私、あんなに接近許したりしないけど。そのあたりで気づいてよ。もう……遅いよ」


本当に、楽しそうに言う。

俺は、理解が追い付いていなかったが……ようやく、背中が見えてきた。


そのときだった。


水無月が、身を乗り出した姿勢の俺の頬に、柔らかい唇を押し当ててきたのだ。

俺の中の時間が、一瞬、止まった。


「はい。私、水無月優子は、本日16時47分付けで、前から大好きだった北條雄二君の彼女に着任します。よろしくお願いしますね。雄二君」


頬にキスした後。

水無月は、俺の耳元でそう囁いたのだった。

楽しそうに、本当に楽しそうに微笑みながら。


(完)

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裁きの炎 XX @yamakawauminosuke

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