第9話 覚醒
「ジャームとは、人の心を無くしたオーヴァードのことなの」
UGN支部の会議室で俺は水無月に、そう教えてもらった。
この田舎町で起きている殺人事件の犯人……水無月たちは「シャドウストーカー」と呼んでいるそれは、ジャーム。
ではジャームとは何か、と聞いて、返って来た答えがそれだった。
「人の心を無くした?優しさや思いやりが無いってことか?」
「そういうレベルじゃ無いわ」
いい?と言って、彼女はさらに語りだす。
「例えば、恋人とずっと一緒に居たいと思っていた女がジャームになったとするわね」
普通の感覚で恋人とずっと一緒に居たい、って思うなら、どうする?そう聞いてきたので
「そりゃ……」
同棲するとか、結婚するとか。
それを聞いた水無月は、そうよね。それが普通よね、と返して
「ジャームの場合はね……恋人を殺すか、手足を切断して、どこにも行けないようにするのよ」
はぁ?何でだ!?
「だって、『ずっと一緒にいる』が重要なのよ。その女ジャームにとっては。だからそうするの」
そして、今の北條君のような、常識的見地からの説得は一切通じないわ。
彼ら彼女らは、人間だった頃の執着を歪ませて、永久にそれを満たそうと狂い続けるのよ。
「……化け物だな」
「そう。化け物」
一度ジャームになってしまうと、今の技術では元に戻すことはできないらしい。
なので、ジャームは殺すしかない、とのこと。
そして
「いい?北條君。私たちオーヴァードは普通の人間より優れているように見えて、実はとても弱いの」
何故なら
「ジャームになってしまうのは、世界と繋がっていたいと思う気持ちが、レネゲイドウイルスの侵蝕に負けてしまった人」
だからね、と水無月は続ける
「今ある絆は手放さないようにしてね。孤独になったオーヴァードは、最後は必ずジャームになるわ。必ずね」
水無月は真剣な顔でそう言ってきた。
「シンドロームって何?」
話の中でよく飛び出してくるその単語に、俺は口を挟んだ。
そろそろハッキリさせておかないと、話にきっとついていけなくなる。
そう思ったから。
「シンドロームというのは……」
これに関して、水無月の話は本当に長かった。
半分、理解できたかどうか。
とりあえず分かったのは、それがオーヴァードの能力の種別で、全部で13あるということと。
水無月が重力を操るシンドローム・バロールのピュアブリードだってことだった。
(ピュアブリードってのは、シンドロームを1つしか持たないタイプのことらしい)
「これでも結構優秀なんだよ?」
水無月は自慢げだった。
得意そうな彼女の顔を見ていると、なんだか潜在的に俺が持ち続けている怒りの感情が、なんだか和らいだ気がした。
「クリスタルオーブ」
会議室に、先生と黒いトカゲさんがセットで入って来た。
入ってくるなりの謎の呼びかけで、水無月はそちらを向いた。
クリスタルオーブ?水無月のことか?
そういや、水無月は先生の事を
「ヴィーヴル、何か分かりましたか?」
「まだ調査中よ。ブラックリザードが頑張ってくれてるけどね」
「面目ない」
ブラックリザード……多分、黒いトカゲさんのことだろう。文脈的に考えて。
何なんだ一体?あだ名?
「あのう……」
おずおず、と手をあげた。
二人と一匹がこっちを見た。
「さっきから、クリスタルオーブとかヴィーヴルとか……」
「あ、それ、コードネーム」
「コードネームぅ?」
水無月から予想だにしない答えが返って来た。
「一応、仕事中は本名隠してコードネームで呼び合うことが決まってるのよ」
真顔で言ってる。多分本当なんだろう。
うーん、それ、意味あるのかなぁ。
顔は隠してないわけでしょ?
本名モロ出しよりはマシ……なのかなぁ?
でも、顔を隠してないなら本名なんてスグばれるのでは……?
「意味あるのそれ?」
「伝統なのよ」
水無月のその言葉には、有無を言わせぬものがあった。
そして。
「さ、北條君。これでこっちでオーヴァードとして説明しておきたいことは全部伝えたつもり」
「何か質問は無い?無ければ、家まで送るから」
水無月の言葉はどこか事務的というか。
温かみはあるのだけれど、よそよそしい。
あなたは関係ないんだから、そう、言いたげだった。
それが何も理不尽なことで無いのは分かってる。
実際他人だし、加えてこの世界での右も左も分からない物知らずだ。
でも……
「なぁ……」
言わずには居られなかった。
「俺も手伝いたいんだけど……ダメか……?」
だって、この事件の犯人「シャドウストーカー」は
俺の大切な人を、再び奪った相手なんだ……!
「ゴメン。それは無理」
すまなさそうな顔はしたが、水無月は即答する。
俺に反論の隙を与えず、続ける。
「北條君、まだ自分のシンドロームもはっきりしてないよね?その状況で、私たちと一緒に行動しても、足手まといってどころじゃないわ」
「気持ちは分かるけど、ここは私たちに任せて。絶対解決するから」
反論の余地も無い。
正論中の正論で叩き潰される。
それはそうだ。
水無月たちは、オーヴァードの力を使いこなして、ジャーム相手に戦うことができる訓練を受けている。
対して俺は……
オーヴァードではあるようだが、まだ自分のシンドロームも分からない。
シンドロームが分からないから、オーヴァードの力で戦えない。
オーヴァードの力で戦えない以上、ジャームとの戦いでは役に立たない。居ない方がマシ。
当然の帰結だ。
俺が水無月たちでも同じことを言うだろう。
だから、水無月たちを恨むことは無かったが……
悔しかった。
またか……
また、俺は当事者なのに、蚊帳の外で、何もできずに、ただ、悔しい思いだけをするのか……!
怒りが湧いてくる。
無力な自分に。
胸が熱くなった。
思わず、それを拳に込めて。
どん。
目の前の机に拳を叩きつけた。
つもりだったのだが……
机が、発火した。
木製の机が。
炎に包まれ、高熱を発しながら燃え上がっていた。
炎に照らされながら、信じられない思いでそれを見る。
机に叩きつけたはずの、俺の右拳を見る。
輝いていた。
「……サラマンダーのシンドローム……」
驚愕が隠せない水無月の声。
他の二人についても同様だった。
しばし、燃える机と俺たち四人がその場に居た。
俺も、水無月たちも、本気で驚いていたのだ。
「姉さん!消火器!」
「わかったわ!」
金縛りになっていたようだったが、最初にそれが解けたのはブラックさん。
それに応えて先生が矢のように動き、消火をする。
こうして、燃え上がる机は瞬く間に消火され、火事の原因にならなくて済んだ。
「……北條君はサラマンダーのシンドロームのオーヴァードだったんだね……!」
消火作業が全て終わった後。
水無月は興奮気味にそう言ってきた。
「サラマンダー?」
「熱を操るシンドローム!しかもさっきの机の燃えっぷりを見る限り、相当強いよ!すごい!」
熱……
水無月の言葉に、俺は、頻繁に見るあの夢を思い出す。
あの裁判所に乱入し、関係者を全員焼き殺す夢を。
……あの夢は、こういうことだったのか。
嬉しくは無かったね。
俺の呪いの象徴のような気がしたから。
でも。
おかげで、これが言えるようになった。
「……これでもダメか?強いんだろ?俺……?」
今度は、即答されなかった。
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