第7話 誤解

俺は動けなかった。

あまりにも現実離れしているこの状況を受け入れられて無かったことと。

単純に、怪物化した泉先生の動きが速すぎたからだ。

俺の反応速度を余裕で超える動きだった。


気が付くと体当たりされており、吹っ飛ばされた。


内臓にダメージを受けたのか、苦しさで息ができない。


どこか、骨も折れたのだろうか?


必死で、声を絞り出した。

みっともなく地面に倒れ伏したまま。


やべぇ、立てねぇ……


「ち、ちょっと待って、先生……」


「待たないわ。あなたを殺さないと私の仕事が終わらないの」


見た目が完全に変わっているのに、声と言葉はそのまんま。

違和感を感じたが、今はそれどころじゃない。


殺す、って。

冗談じゃない!何で俺が!?


「な……なんで?」


「あなたがこの街で連続殺人を犯したからよ。超能力でやれば気づかないとでも思ったんでしょうが、そういう犯罪を捜査する組織ってのは、ちゃんとあるの」


は?

ちょっと待って、いや。マジで。


……まさか……この先生、俺がこの一連の事件の犯人だと思ってんのか?


「俺……俺じゃ……ない……」


必死で否定の言葉を絞り出したが、効果は無かった。


「何言ってんの?あのね、オーヴァードってのはそうポンポン出現するものでは無いのよ?で、あなたはオーヴァード……いや、ジャームか。そんなのがたまたま、事件の明らかにおかしい被害者の傍に居る。怪しすぎると思わない?」


オーヴァード……ジャーム……?

あの都市伝説……?ジャームって……?


何か一方的に理解できない単語を並べられたが、考えている余裕は無かった。

ひとつハッキリしていたからだ。


このままじゃ、俺は先生に殺されるってことが。


先生はゆっくり俺に歩み寄りながら、続けてくる。


「さぁ、お芝居は止めて本気を出しなさい。あれだけエフェクトを使いこなせるジャームが、これで終わるはずないものね。演技が過ぎると、死んでしまうわよ?まぁ、結果は変わらないわけだけど」


言って、するどい爪を構えて、腰を落とした。

また突っ込んでくる気だ。

そして、今度はあの爪で一撃を加えてくる……!


まずい。絶対死ぬ……!!


しかし、今の俺は逃げることができない……!


どうすればいいんだよ……!?


俺は、死を予感し、震えた。


いきなり、こんなところで、俺の人生が閉じてしまうなんて……

兄ちゃんの顔が浮かんだ。

兄ちゃんも同じ気持ちだったんだろうか……?


怖いし、悔しい。何で……?


そのときだった。


「キャア!!」


いきなり、先生が倒れる。

倒れて、地面にめり込む。

立ち上がろうとしているが、無理のようだ。

動けなくなってるらしい。

まるで、急に重力が強くなったように……。


先生の周りだけ、空間が揺らいでいる……?


「ヴィーヴル!!」


そこに別の方向から声が飛んできた。


この声にも、聞き覚えがあったというか……毎朝聞いているので、すぐに分かった。

耳を疑ったけれども。


顔を向ける。


そこにいたのは、眼鏡の三つ編み女子。

毎朝俺に挨拶をしてくる、水無月優子だった。


「やっぱり、ちょっと乱暴すぎます!!こんな方法でジャーム認定だなんて!!」


「早く解決しないと、犠牲者が増える一方なのよ!?」


「人違いだったらどうするんですか!?」


水無月は、手元に何か光る球体のようなものを持っていて。

それに手をあてて、厳しい表情で先生を睨みつけていた。


「北條君は!絶対に!ジャームじゃありません!そりゃオーヴァードだったのはオドロキでしたけど!」


「仕事に私情を持ち込むべきじゃないわ!いますぐこの重力を解除なさい!しないなら許さない!」


そこで。

動けなかったはずの先生が、ゆっくりと立ち上がろうとしてくる。

まず、地面に手をついて身を起こし、膝をつき、そのまま立ち上がるために……


話から察するに、仕組みは不明だが水無月が重力を操って先生を押さえつけてて。

それを先生が、今、力任せに破ろうとしていると。


……情報量が多すぎて、頭がついていかん……


そんなところに。


「まぁまぁ姉さん」


また別の声。

これは聞き覚えが無い。


男の声だった。


「この少年がジャームだったとして」


声の主を探す。

見つけて、信じられなかった。


「……その場合、二人が言い争っている間に、逃げるなり襲うなりしないのは何故だい?」


その言葉は、地面を這っていた黒いトカゲが発していたからだ。

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