第6話 日常の崩壊

授業が終わり、俺は下校していた。


姉さんにも言われているから、寄り道はしない。まっすぐ帰るつもりだった。

まぁ、する気もなかなか起きないんだけれど。


気晴らしに喫茶店に入ろうものなら「あいつ、家族があんな殺され方したのに、喫茶店入るなんて。薄情なんだな」「ありえない。引くんだけど」

……そんなことを言う、自称良識派の方々が、わりと居た。


どうも彼らは、俺にふさぎ込んで生きていてもらいたいらしい。

そう期待することが、自身の家族への愛の深さの証明であるとでも思ってるのだろうか?


知るかよ。

俺だって人間だ。気分にむらがあり、どんなに悲しくても、怒っていても、楽しんでしまいたいと思うことだってあるんだよ。

そうすることが、罪だとでも言うのか?


そういうことが何度か重なり、寄り道するという選択肢が、俺の人生から消えてしまった。

不愉快な思いをするのに、気晴らしもクソもない。


水無月は「北條君はいつも怒ってるよね」って言っていたが、正解だ。

俺は世の中、世間様というやつが大嫌いだった。


俺たち家族には日々泣き暮らしてもらいたいって期待する、世間様。

勝手なイメージ押し付けて、勝手なことを言ってんじゃねぇ。


そんなときに、代わりに怒ってくれたのが大林さんだった。

なのに、今度はその大林さんが……。

姉さんは、俺以上に辛いはずだ。


今度は「友達が死んだのに」なんて言われるのだろうか?


嫌な想像をしながら、歩いていると。

通学路になってる、川沿いの土手に差し掛かった。

ここら辺は、今の時間帯、人が消える。

たまに、ランナーとすれ違うくらいだ。


そして、視界からも人が消えたとき。


空気が、凍った。


文字通り、そんな感じだった。


何故、そう感じたのかは分からない。

急に、空気が異質なものに変化した。


俺は戸惑った。


これは何だ?

何が起こってるんだ?


立ち止まって、周囲を確認する。

すると。


「はい、確定ね。この状況で、被害者の周辺で無登録のオーヴァード……ジャームだと考えるのが自然よ」


どこかで聞いたことがあるような声がした。

すると、目の前の川にかかる橋の橋げたの影から、


女が出て来た。

上は白いTシャツ、下は茶色のジャージ姿。

そして何故か素足だった。ここは外だというのに。


その女はとても美人で、背が高く……


それは俺の学校の臨時数学教師・泉先生だった。


「泉先生?」


俺の問いかけに、泉先生は俺を見て、悲しそうな口調でこう応えた。


「先生、とても悲しいです。臨時教師とはいえ、教え子を手に掛けないといけないなんて」


は?

先生?


何を言ってるんですか?

話が全然見えないんですけど?


「でもね。これが先生の本来のお仕事なの」


こっちの話を聞く気は無いらしい。

泉先生は、そこまで言うと、両手の拳をギュッと握って、背筋を伸ばし、腰だめに構えるような姿勢になって。


くわっ、と両の瞳を広げた。


と、同時に


めきめきめきめき……


泉先生が、変身しはじめた。


肌の露出部分に爬虫類じみた鱗が出現。

筋肉が発達し、ジャージを膨らませて行き、ふくらはぎの部分が破れ、足がみるみる恐竜の足のような鋭いかぎ爪の生えたものに変化。

腕もどんどん太くなり。Tシャツにつつまれている上半身も膨張していく。手も足同様、爬虫類のそれに相応しいものになっていく。

瞳もトカゲやヘビのようなものになり、口は裂けていき、歯は牙に変化していく。


数秒後、そこには爬虫類人間とでもいうべき怪物が出現していた。


ロアアアアアアアアアア!!!


怪物は、吠え。


次の瞬間、俺に突っ込んできた。

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