第14話 初陣

「ワーディングよ!」


水無月がすぐに反応した。

瞬時にスイッチを切り替え、駆け出す。


ワーディングが張られた地点に向かって。


ワーディングとは、周囲のオーヴァード以外の生物の自由意思を奪い、人形のような無力な存在に変えてしまうエフェクトで、これはオーヴァードであれば誰でも使用可能なエフェクトなのだが。

使用した際、必ず周囲のオーヴァードに、大まかな位置を含めて気づかれてしまうデメリットがある。


俺を泉先生がオーヴァードの判定する際使用したのは、この件が組織立ったものではなく、犯人単独であるから、と睨んでいたせい。

組織立った相手だと想定していたら、到底やれなかっただろうと予想できる。


何故なら、藪蛇的に今回のジャームにとっての水無月のような、敵勢力に見つかって、こっちが逆に襲われる可能性があるから。


俺も水無月を追う。

現場には、すぐに辿り着いた。

植え込みに囲まれ、死角になってる少し開けた場所だった。


そこには。


「うあああ……」


呻きながら足首から血を流して倒れている男と。


ふしゅるるるるる……


そこに群がる大型犬サイズの。

蜘蛛みたいな生物がいた。


全部で4体。


大体のフォルムはタランチュラのよう。8本の脚があり、その先端が金属でできた蟷螂の鎌のようになっていて、鋭利な刃物として使えるのか。

一匹のそれのひとつが、すでに赤い血で濡れていた。

おそらく倒れている男の血だろう。


その蜘蛛のような生物は、ふしゅるるる、ふしゅるるるる、と独特の呼吸音のようなものを発しつつ、牙と複眼めいたものを蠢かし。

こっちに気づいた。


4体のうち、2体が俺、1体が水無月に飛び掛かってくる。


「水無月!」


俺はすぐに火炎の拳を発動させ、一匹を叩く。

拳を打ち込んだそいつは、一瞬で炎上し、動かなくなるが、もう一匹が俺に被さって来た。

俺に圧し掛かり、刃物のような脚を打ち込んで来る。

攻撃を避けるべく揉み合うように俺は抗うが、その間に水無月は俺の見ている前で。


まず一匹の襲撃を華麗にひらりとかわしながら魔眼を出現させ。

アクロバットに前回りで身体を回転させつつ、着地と同時にバロールのエフェクトを発動。

自分を仕留め損ねた蜘蛛の化け物を高重力で捉え圧し潰し、そのまま左右の手で魔眼を押し畳んで、魔眼槍を生成。


流れるように跳躍し、俺を襲っている蜘蛛を背後から槍で突き殺して


ピギャ!!


ノールックで後ろに片腕を伸ばし、残った片手で化け物を刺し貫いている魔眼槍を握りしめつつ。

倒れた男の傍に残った最後の蜘蛛を、高重力で圧し潰した。


こうしてあっさり、俺の初陣は終了した。


「大丈夫?立てる?」


魔眼槍を消滅させて、水無月が俺に手を差し伸べてくる。

その顔には気遣いの色しか無い。

嘲り、侮蔑は全然無かった。


しかし。


……うわ、かっこ悪い……。

4体のうち、3体を水無月があっさり倒し、俺が仕留めたのはたった1体で、しかも襲われているのを助けてもらうありさま。

情けなかった。しかも気になってる女子に助けてもらうなんて……。

そりゃさ、実戦経験は今がはじめてさ。それでもな……。


「……すまね。そこまではいらんから」


別にやせ我慢ではないけれど、水無月の手は丁重にお断りし、自分で立った。

そして、別に誤魔化す意図は無かったけれど、聞いた。


「こいつらがシャドウストーカー?なのか?」


「ううん。多分違う。こいつらは『従者』だと思う」


倒れた男の手当てをしながら、水無月は言う。

ハンカチと、自分の制服のスカーフで傷口を縛っていた。


「従者?」


俺も手助けすべきだと気づいたので、自分のハンカチを出しながら彼女に近づく。


「血液を操るシンドローム『ブラム=ストーカー』の代表的エフェクトよ。自分の血液を使用して、自分の意のままに動く疑似生物を創造するの」


差し出したハンカチを受け取りながら、水無月はそう答えた。

そういえば、水無月にオーヴァードの講義を受けたとき、習ったような気がするな。


思い返していると、従者たちの死体が溶け出して、赤い染みになって消えた。

なるほど。確かに血で出来てるみたいだ。


「そして、こいつら蜘蛛っぽい従者、脚を金属質の物質で強化してた。多分、物質創造のシンドローム『モルフェウス』も持ってるわね」


だから、シャドウストーカーはブラム=ストーカー/モルフェウスのクロスブリードか、それプラスアルファのトライブリードでしょうね。

モルフェウス持ちとなると、最初の事件の死体遺棄の謎も説明がつくわ。


男の手当てをしながら、今の戦闘で得た情報を整理して俺に話してくれた。

部分的に分からないところがあった。あとで、先生たちにも話すだろうから、そのときにブラックさんにさりげなく聞くか……。

今は分からないことを教えてもらう暇は無さそうだし。


「その人、大丈夫なのか?」


「ええ。命に別状はないと思う。アキレス腱をぶった切られてるだけだから。それで……」


この人、さっき北條君に謝りに来た人よ。そして、攻撃を受けたのはアキレス腱。

最初の被害者大林さんは全身めった刺しで胴体真っ二つ。それ以降の被害者は頭部を一撃で破壊されるか、心臓を貫かれて一発で仕留められてるっていうのに。ここにきて、アキレス腱。

変よね。どうしてかしらね?


俺を見て、水無月は言う。

その目には、含みがあった。


……そう。さっきから水無月が手当てしてたのは、さっき俺にしつこく許しを乞うてきたあの男だったんだ。

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