第17話 真相と挫折

「そろそろお目覚めかしらね」


泉先生は、ニコリともしない顔でそう言った。

ここは、廃工場。

藤堂一夫を尋問するために連れ込んだのだ。


オーヴァードでは無かったが、こいつは何かしら知っているはず。

その可能性が高いから。


藤堂一夫は椅子に座らされて、俯いていた。

今は意識が無いから。

ちなみに縛ったりはしていない。


オーヴァードが4人も居るのに、どうやって逃げろと?

万一逃げようとしても、ワーディングをかければすぐさまおしまいになるのに。


泉先生の言葉通り、一夫は身じろぎし、目覚めようとしていた。


……猛烈に嫌な予感がしていた。

こいつが語る内容に。


でも。


聞かないわけにはいかないから。


「……ここは……どこだよ!?」


目覚めると知らない場所だったからか。

一夫はパニックに陥っていた。


「静かになさい」


そんな一夫に、泉先生は一喝した。


そこで、自分が複数の人間に囲まれていることにようやく気付いたのか。


「なんだお前ら……!あ、テメー!ガリベンゴミの弟!」


キャンキャン吠える声が不快だ。

その後にも何か言っているようだったが、俺は聞き流した。

どうせ聞く必要も無いことだろう。


「ブラックリザード、ちょっと黙らせて」


「はいよ、姉さん」


一夫が黙らないので、泉先生はブラックさんに何かを頼んだ。


すると。


ちょろちょろと一夫の前に進み出てきて、ブラックさんは言ったのだ。


「黙れ」と。


その言葉が発せられると、一夫は口をきかなくなった。

俺に説明するように、水無月が言ってくれた。


「……ブラックリザードはオルクスとソラリスのクロスブリードだからね……こういうことも可能なの」


相手の心に直接響く言葉で、命令に従わせる。

ソラリス……体内で薬物を生成できるシンドロームで、毒生成、治療の他に精神攻撃、催眠が可能って話だったな。


……一番怖いシンドロームなんじゃないの?

ふと、思った。


「僕たちは、キミに聞きたいことがあって、それさえ聞ければ解放するよ」


ブラックさんの言葉に、一夫は口がきけないままに頷いた。


そして、


「……大林杏子について、知ってることを洗いざらい話してくれないかな?」


続くブラックさんの言葉に。

一夫の顔は強張った。


こいつ、何か知ってる……!




「……どうしたの?もう口はきけるはずだけど?」


ブラックさんの声は穏やかだったが、有無を言わせぬものがあった。


「……俺がやったという証拠は無いはずだ」


そして。

返って来た言葉が、これだったのだ。


「ふーん……」


トカゲ姿には、表情は見えないが。

明らかに不機嫌になっている。


「まともに、答える気は無いと?」


一言発するたびに、それが増幅されていくようだった。


「まぁ、良いけどね」


無駄なんだよ。それが声に乗っている。


「強制的に全部ゲロってもらうだけだから」


そう言った瞬間。ブラックさんから力の波動が放射されたのが感じ取れた。


「……大林杏子について知ってることを全部話せ」


言われた瞬間、一夫は話し出した。まるで、舌が止まらなくなったように。




俺さ、どうしても奴隷を持ちたくなったのよ。

性奴隷。

できれば女子高生で。気の強いやつだったらなお良い。

女なんか馬鹿だからさ、無理矢理セックスで快楽漬けにしてやれば、いつかは堕ちて、俺の奴隷になるっしょ?

そう思ったんだわ。

そして完堕ちした奴隷に「ご主人様愛してます」とか言わせたら最高。

乳首にピアスつけたりさ、身体に刺青入れたりさ。

色々やりたかったんだわ。


候補はあがってた。

ちょっと前に見かけて、条件に合致したからツバつけといたんだわ。

名前は大林杏子。

顔はいいし、身体は申し分ないし、おまけに気が強い。

もう、奴隷調教するしかないじゃんよ?

だからあの日、帰宅中に一人になったところを車で軽く撥ねて、攫って、家に連れ込んで、色々やったんだわ。

まぁ、体力の続く限り色々やったよ。

でも、一回じゃ完堕ちまではいかなくてね。

まぁ、それは想定してたからさ、とりあえず写真を撮っておいて「サツにチクったらこの写真をバラまくからな」って脅してやったの。

で、「これからは俺が呼んだらすぐこの家に来い」って言ってやったの。

これでめくるめく調教ライフ確保完了って思った。


なのに。


アイツ、俺をすげぇ目で睨んでさ。


俺、気づいちゃった。


あぁ、このガキ、解放したらすぐに警察に駆け込むな。

写真、効果ないわ。って。


また逮捕されてムショ行くのは嫌だったから、どうするかなーと思って。


あ、もう、殺すしか無いかな、って思ったから。

ナイフを持ち出して、めった刺しにしてやった。

ナイフを持ち出したとき、あのガキは泣いてさ「殺さないで」「お願いします。何でもします」とか言ってんの。

今頃おせえっての。信用できるわけ無いじゃん。

黙って奴隷になってれば良かったのに。馬鹿な女だよ。

これで、俺の計画は失敗に終わって、後に女子高生の死体だけがその場に残った。

さて、これはこれで面倒だな。ウチって犬を10匹ほど飼ってるから、バラバラにして、犬に食わせれば証拠隠滅いけるか?とか色々考えてたんだけど。

このサイズの肉の塊を、犬の餌のサイズに刻むの骨が折れるなと思って。頭抱えたね。

そしたらさ、そこにウチのババァがやって来てさ「ママに任せなさい」って言うのよ。

いきなり来て、さも当然のように「任せろ」なんていうババァには驚いたけど、ババァが俺に都合悪いことをするわけが無いから、俺は信じて託したね。




………


………


「……こいつ、人間じゃ無いわね」


「酷過ぎる……」


「……同感だ」


………


………


こいつ……


殺す。


俺は歩き出した。

全てゲロった藤堂一夫に。


「北條君……?」


藤堂一夫。

お前の殺人は、いつもいつも、理由がくだらなさすぎるな。

兄ちゃんのときは、パシリにならなかったから?

大林さんのときは、奴隷にならなかったから?


兄ちゃんはそんなくだらない理由で、生きたまま焼かれて、大林さんは、凌辱された上、命乞いも無視されて嬲り殺しにされたのか。


ホント、くだらねぇよ。

幼稚過ぎて、同じ人間とも思えない、最低の理由だな。


……そろそろさ。

お前も、されてみろよ。


くだらない理由で、殺される。


そろそろ、お前の番だと思うんだ。


お前の場合はそうだな……その怯えた顔がムカついたから、ってのはどうかな?

それとも、断末魔の悲鳴をどうしても聞きたくて、とか。


なぁ!?


右の拳を藤堂一夫の顔面に叩きつけた。

一発で前歯が折れ、白い欠片が床に落ち、鼻から噴き出した血が床を濡らした。


「北條君!やめて!」


「姉さん、彼女を押さえて!」


「何するの!?放してください!?」


た、たしゅけてくだしゃい……なんでもしますから……


おやおや、ガリベンゴミの弟に命乞いですか?

藤堂さんらしくないですねぇ?


「ここは、彼一人で乗り越えなきゃならんところなんだ」


俺はさらに一夫の腹部に蹴りを入れ、奴を悶絶させる。


わりゅかった……ゆりゅして……


そう言った大林さんを、お前は無惨に殺したんだっけ?

それなのに、自分は受け入れてもらえるとか思ってんの?


ぐしゃ!


一夫の右手を思い切り踵で踏み込んでやった。


あぎゃあああああああ!!


こんなの全然致命傷からは遠いよな。

……そろそろ……行ってみるか?


ボッ、と俺の右手が燃え上がる。

これで、お前の顔面を掴んでやれば、どうなるかねぇ?


自分の運命を悟ったのか、一夫は俺の右手を凝視して、震えだし……失禁した。

アンモニアの臭いが鼻につく。


クセえんだよ!!


また腹部を蹴りつけてやった。


「やめて……やめてよ……お願いだから……」


今度は嘔吐して吐瀉物を無様に撒き散らしている一夫の胸倉を左腕で掴み、持ち上げた。

そして、燃え上がる右手をこいつの顔面に……


「私、北條君が人殺しになっちゃうの嫌だよぉ!!」


そのとき。


俺の脳裏に、姉さんの顔が浮かんだ。


こいつを殺したとして。

俺は、明日から姉さんの前に立てるんだろうか?


水無月に、挨拶してもらえるんだろうか?

今までみたいに。


……


………


…………


あ、


……そっか。


コイツ殺したら、俺も社会に居られなくなるのか。




気が付くと、水無月が俺に縋りついていた。


「水無月……」


「北條君……本当に、こいつ殺しちゃうかと思った……」


俺の傍には、恐怖のあまり気絶した一夫。

縋りつく水無月は、顔は伏せていたが、涙の後があった。


そんなに、俺が一線を超えてしまうことを恐れてくれたのか……。

悪かったよ。


「……そうしようと、本気で思ってたよ。でも……」


ぎり、と奥歯を噛みしめる。


「やってしまうと……もう、今までの日常を失うな、って……それに気づいたら、やれなくなってた……俺は、仇を討つより、日常を守ることを優先しちゃったんだ……」


大切な人の仇を討つより、姉さんとの、水無月との、日常の方が大事。

そう、結論付けてしまったんだ。


……許されないことだろうか?

これは、大切な人への、裏切りなのでは。


罪悪感があった。


「ごめんなさい……兄ちゃん、大林さん……俺、仇、討てないや……」


詫びた。

詫びたとき。俺の眦から、涙が零れてきた。

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