第16話 容疑者

俺たちは、泉先生が運転する白いライトバンに乗っていた。


後部座席に俺と水無月。

運転席に、先生。

助手席に、トカゲのブラックさん。


先生は、支部に居たときのスーツを着替えて、いつものクソださい茶色のジャージ姿になっている。

理由を聞くと「だって、完全獣化したら服が破れるからね。スーツは破きたくないの。高いから」


……至極最もな理由だった。


「ブラックリザード、ターゲットの現在位置は?」


「今、この先の飲み屋で取り巻きたちと一緒に飲んでるみたいだ。もうしばらくすれば、店から出てくるんじゃないかな」


「じゃ、この辺で降りましょうか」


先生は車を停めて、ジャージの上着を脱ぎだした。


「え?先生何をやってるんですか?」


「完全獣化すると、ジャージの上着はダメになるわね。だから脱ぐの。もったいないから」


突然脱ぎだすから少しドキっとしてしまったが、そういうことか。

多分同じ理由だろう。

靴も靴下も脱いで、用意していたサンダルに履き替えている。

現場に行ったら素足になるつもりなんだな。


それをただなんとなく見つめていると、俺はあることに気づいた。


後部座席から見える先生の胸元、なんか変だ。

ジャージの下は、Tシャツだったんだけど……


あ!!


気づいてしまった。

先生、今、ブラしてない!


さすがに聞くのは憚られた。

でも理由は一緒だろう。


「完全獣化するとブラジャー潰れるからね。だから事前に外したの」


泉先生はスタイルが良くて、胸もかなりあるので、これは……


最初の襲撃の時もそうだったはずなのに。

もっとよく見ておけば良かったよ。

あのときは正面から見れたのに。


命の危険感じてて、余裕無かったもんなぁ……


なんて、頭の中で考えていると。


ゾクッ!!


瞬間的に、氷の柱を背中に突っ込まれたような感覚があった。


何だ!?


周囲を見回すと、水無月が不思議そうな顔でこちらを見ている。


あ、そういえば、水無月が横に居るのに、ノーブラに現を抜かすってどうなんだろう?

気づかれたら、やばくない?俺の評価?


今更ながらに気づいた。

あっぶね!水無月の様子からするに、多分気づいてないけど、気づかれなくて良かったよ!


俺は胸を撫でおろした。


「ヴィーヴル、ジャージの上は着た方がいいと思います」


そんな俺の横で、水無月がにこやかに。


「でも、戦闘になったら脱がないと……」


水無月の提案に、先生は振り返って食い下がるも。


「これから尾行しようかってのに、Tシャツノーブラ女がウロウロしてたら、痴女かと思われて目立っちゃうかもですよ?」


声が、なんか尖ってるように聞こえたのは気のせいだったのだろうか?

てか、水無月もノーブラには気づいてたのか。女の観察眼、すげぇなあ。




車をパーキングに停めて降り、俺たちは一夫を尾行する。

酒が入ってるせいか、奴はまるで気が付いていない。


……あいつが、本当にシャドウストーカーなのか?


奴の動向を見張りながら、俺は考える。

もしそうなら、俺は自分の手で兄ちゃんの仇を討てることになる。

喜ぶべきなのかもしれない。

ある意味合法的に復讐できるんだから。


しかし……


何か、疑問を感じてしまうんだ。

本当に、それでいいのか?って。


いいに決まってる、っていう自分が居る。

でも、それを疑問に感じている自分もまた、居る。


復讐で人を殺すことと、恨みで人を殺すこと。

その違いって、何なのか。


夢の中で、俺は散々、一夫とその関係者を焼き殺してきた。

でも、一回も、気分が晴れたことは無かった。

それが何故なのか、俺にはまだ分からない。


奴が、仲間たちと別れた。

そして、フラフラと公園に入り。


フラフラ歩いて、人気が無い公園内のベンチに寝そべり、高いびきをかきはじめた。


俺たちは植え込みに隠れながらそれを見守る。

チャンスが巡って来たらしい。


「周囲に人はいないわね?」


泉先生が最終確認。


「大丈夫だ。姉さん」


「じゃ、いきましょうか」


泉先生は言うと同時に、サンダルを脱ぎ捨て、ジャージの上を脱ぎ捨てた。

そして両腕を広げて。


ワーディングを展開した。


空間が凍っていく……


先生の後ろ姿のシルエットは、なんだか神秘的だった。


一夫のいびきが、止まった。


俺たちは飛び出す。

ベンチで寝ている一夫を取り囲むように。


「藤堂一夫、起きなさい!」


油断なく身構えながら、強い口調で泉先生。

しかし、一夫の反応はない。


というより。


ピクリとも動いていない。


「……姉さん、これって」


「ええ。そのようね」


ブラックさんの言葉に、泉先生は目でちらりと俺たちを見る。


「……藤堂一夫は非オーヴァードのようだわ」


……なんだって?

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