第36話 デート
金曜日の帰り道、海斗が言った。
「岳斗、明日うちに来れるか?」
「うん。」
「実はさ、俺は試合だからいないんだけど、父さんと母さんがお前に会いたがってるから。」
俺は、流石にがっかり。海斗に会えると思っていたのに。けれど、家の中では二人きりにはさせてくれないだろう。そのために家を出たのだから。
「それでさ、日曜日にはデートしようぜ。」
と、海斗が言った。
「うん!」
う、嬉しい、デートだなんて。なるほど、別々に暮らすと、より恋人らしくなれるみたいだ。
土曜日、城崎家に戻った。ついチャイムも鳴らさずに玄関を開け、
「ただいまー。」
と言って入って行った俺。靴を脱ぎかけて、そうだ、自分の家ではないのだから、これはまずかったのか?と思ったが、
「岳斗!お帰りなさい!」
と、母さんが走り出てきて、靴を脱いで上がったばかりの俺を抱きしめたので、そんな事はどうでもいい事だと知った。父さんも迎えに出てきてくれて、それから三人で食卓を囲んだ。色々あったけれど、元々土曜日のお昼はこの三人でいつも食事をしていたので、以前と同じ、和やかな時が流れた。
そろそろ帰ろうとすると、母さんが常備菜や漬物など、たくさん持たせてくれた。
「風引かないようにね。家は寒くない?」
母さんが心配そうに言った。確かにアパートは寒い。この家は暖かいし、すごく居心地が良かった。やばい、泣きそう。だめだ、母さんにこれ以上心配をかけては。俺はもう子供じゃないし、こうなったのは自分のせいなのだから。
「大丈夫だよ。母さんこそ、体壊さないようにね。俺が手伝ってあげられなくて、今までより忙しいんじゃないの?」
「そうなのよー。海斗の世話が大変。あの子ユニフォームを洗濯に出さないし、制服をかけずにその辺に置きっ放しにするし。」
ああ、そうだった。俺がいないと海斗はダメなんだ。いつもかっこいい海斗でいるためには、俺がいないと。また海斗に会いたくてたまらなくなった。あと数時間ここにいれば、海斗は帰って来るだろう。でも、家に帰って夕飯を作らなければ。それに、明日はデートだから。我慢、我慢。
「それじゃ、また来るね。あ、母さん、いつもお弁当ありがとう。」
俺がそう言って笑うと、母さんはちょっと目を赤くして、うんうんと頷いた。母さん本当にごめん。俺は後ろ髪を引かれる思いで城崎家を後にした。
翌朝、坂上はまだ寝ていたが、俺は身支度を整えて家を出た。電車に乗って、待ち合わせをしている映画館へ。海斗、ちゃんと起きられただろうか。来なかったらどうしよう、などと胸の中は穏やかではない。
映画館に到着し、ぐるりと見渡すと、ひと際目立つ人、その人を遠巻きに見る人々が目に入った。背が高くてすらっとしていて、日焼けしたゴージャスな顔で、ロビーの真ん中の柱に寄りかかって立ち、スマホを見ているその目立つ人は、顔を上げて辺りを見渡し、俺に目を留めた。そして、スマホをポケットにしまい、こちらに歩いて来た。
「岳斗、おはよう。」
「海斗、早かったね。起きられないんじゃないかって心配してたのに。」
俺がそう言うと、ちょっと拗ねたような顔をした。
「お前とのデートなのに、寝坊なんかしていられるかよ。」
俺の耳元に口を寄せて、そう言った。
予約していたチケットを発券し、ゲートの前に並んだ。
「二人で映画見るの、ずいぶん久しぶりだな。」
海斗が言った。
「うん。昔は良く一緒に見たよな。」
「ポケモン映画とか、戦隊ヒーローものとかな。」
母さんに連れられて。懐かしい。あの頃も、俺はずっと海斗が好きだった。海斗と一緒にいたかった。実は、ずっと変わってないのかもしれない。
入場時間になり、指定席を探して座った。海斗が予約をしてくれた席は、一番後ろの端っこだった。混んでいるわけではなく、周りの席はほとんどが空きのようだった。
「この席が良かったの?割と真ん中も空いてるみたいだけど?」
俺が言うと、海斗は俺の耳に手を当てて、内緒話のようにして言った。
「ここなら、上映中何をしていても見られないだろ?」
「え?」
「だってさ、学校や家では二人っきりになれないし、外では人目につくし、まさかラブホに行くわけにもいかないしさ。俺たちがいちゃつける場所ってないじゃん。」
かーっと顔が熱くなる。
「だろ?」
海斗が俺を見つめる。
「う、うん。」
そのうち電気が消え、スクリーンに映像が流れ始めた。それを待ち構えていたかのように、海斗は俺の肩に手を回し、振り返った俺にキスをした。なんだか泣きそうになる。こんなにも求められているという実感、それが心を揺さぶる。
キスの後、俺たちは手を握り合い、肩を寄せ合い、頭を寄せ合って、映画を観ていた。映画が終わり、エンディングロールが流れていても、まだそのまま座っていた。そして、電気がついた。まだ残っていた客もいて、みんなゾロゾロと出口へ向かう。俺たちも行かなくては。握り合った手を、やっとの思いで放した。男女のカップルが、手を繋いで歩いているのが見えた。それがうらやましいと思った。そうしたら、海斗が俺の手を取った。いやー、それはまずいのでは。
「海斗、それは、ちょっと。」
俺が言うと、
「やっぱダメ?」
そう言って、手を放した。
「不自由だなあ、俺たち。」
海斗が言った。
それからファーストフード店で食事をし、どうしようか、と話して、カラオケに行くことにした。カラオケ店に入って個室に案内され、座るや否や、
「あ、ここって、二人きりになれる場所じゃん!」
と、海斗が言う。
「でも、外から覗けるから。」
俺がドアを指さす。ガラス窓があるからね。けっこう人が頻繁に通るし。それでも、じーっと見ている人はいないし、ちょっとくらいなら・・・。魔が差す。
いやいや、人生邪魔が入る事ばかりですよ。抱き合った途端、ドアにノックの音がしてびっくり!店員さんが飲み物を持って入って来た。歌を歌い、手を繋ごうとすると、人が通ってジロっと中を見て行く。海斗がラブソングを歌ったので、何となく気分が盛り上がって、キスしようとしたら、部屋の電話がなる。
「あと十分で終了時間となりますが、どうされますかー?」
「出ます。」
カラオケボックスは、イチャイチャする場所ではない。今日はそれが良く分かった。
夕方になった。海斗はいつも、日曜日は宿題やら何やらで忙しい日なのだ。これ以上一緒にいたら、海斗が後で困るに違いない。今は昼休みも勉強できないわけだし。させないというか。
「じゃあ、ここで。」
駅のホームで別れようとすると、
「家まで送るよ。」
と、海斗が言う。
「でもお前、忙しいだろ?いいよ。」
俺が遠慮すると、海斗は一瞬黙ったが、俺の乗る電車が来てドアが開くと、俺よりも先に乗り込んだ。
「海斗。」
「送る。」
頑固にそう言う。だったら俺が送れば良かったのかもしれない。けれども、あの家の前まで行ったら、その後今の家に帰るのがつらい気がして、そう言い出せなかった。また明日会えるのに、どうしてこういつまでも離れがたいのだろう。俺も海斗も。
家の前に着くと、海斗は意外にもあっさり帰った。人目があるからだろうか。それとも、これ以上一緒にいたら、きりがないと思ったのか。俺は海斗の背中が見えなくなるまで見送った。ちょっとだけ、涙が出そうになる。深呼吸してからくるりと向き直り、アパートの階段を上がった。
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