第27話 初恋
海斗の顔をまともに見る事ができない。海斗が目の前にいると、目を合わせることができない。手が触れたりすると過剰に反応してしまう。それでいて、目の前にいない時には気になって仕方がない。海斗の部屋のドアが開いていると、そうっと覗いてみたりしている。それで、海斗がこちらを見ると、反射的に逃げてしまう。ああ、俺はどうしてしまったのだろう。
とにかく勉強に集中しよう、と頑張る俺。でも、ふとした時に色々思い出してしまう。海斗の好きな人は俺だって事とか・・・ひゃー、胸がドキドキする。それから、合わせた唇とか・・・どひゃー、とてもじゃないけど勉強どころではない。立ってうろうろする俺。深呼吸して、イヤホンして音楽流して、そうやってごまかしながら、テスト前の一週間を過ごしていた。
海斗に言われた事など気にせず、護くんは俺と一緒に帰ろうと、毎日迎えに来た。
「本条さ、俺と一緒に帰ってると、また兄貴が来て、失礼な事を言うかもしれないのに、懲りてないの？」
俺が聞くと、
「えー、だってさ、岳斗くんと一緒にいると、海斗先輩と会える確率上がるじゃーん。何言われても、言葉を交わせるなんて幸せだよー。」
と言う。したたかだ。もしくはマゾなの？
「あのさ、相談なんだけど。」
俺は護くんに、海斗の事とは言わずに、急に顔が見られなくなったり、でも気になったりするのは、どうしてだろうかと話した。
「岳斗くん、それは恋だよ。恋。」
護くんは意外と真面目に、そう言った。
「え？恋？」
「何目を丸くしてんだよ。岳斗くん、今まで恋した事なかったの？」
何も言えない。
「分かるよ。僕もね、中学の頃あったよ。ちょっと前まで普通に肩組んだりしていたのに、なんだか急にドキドキしちゃって、そういう事出来なくなっちゃうんだよね。まともに顔も見られなくなっちゃってさ。それでいて、いつもその子の存在を意識してて、気になっちゃうんだよねー。」
そうか、それが恋、なのか。
「それで、岳斗くんは誰に恋したのー？」
楽し気に護くんが俺に聞く。
「え！？」
待てよ、これが恋？！俺が、海斗に恋をした？！どうしよう。どうしよう・・・。
家では気が散って勉強できないので、土日は図書館へ行ったり、ファーストフード店に行ったりしてテスト勉強をした。そのおかげで、何とかテストを無事クリアした。これほど精神を鍛える修行をした事はなかった。一番気が散る場所が家だなんて。
テストが終わると、早速部活動が再開する。また、俺よりも海斗の方が帰りが遅くなる。そして、久しぶりの部活で、海斗はまた帰って来るなりぶっ倒れた。
「や、ま、とー、助けてー。」
階下から俺を呼ぶ。文化祭が終わって以来、海斗はちゃんと自分で階段を上がって来ていた。なので久しぶりの事だ。だが、長い間習慣になっていたので、俺も不思議と体が動いて、呼ばれてすぐに階段を下りて行った。
玄関で仰向けに倒れている海斗がいる。
「久々だってのによー、すっげえ走らされたんだよー。」
海斗はそう言って、俺の方に手を伸ばした。俺は海斗の体を起こそうとして、顔を近づけた時、急に鼓動が跳ね上がって、反射的に海斗から離れた。
「無理。ごめん。」
俺はそう言って、くるりと背を向けて階段を上り始めた。
「岳斗？ちょっと、待てよ。よいしょっと。」
海斗は何とか頑張って体を返したようだった。俺はどんどん階段を上る。すると、海斗は追いかけてきて、俺の腕を掴んだ。階段の途中で。
「岳斗、どうしたんだよ。最近ずっと、その、目も合わせてくれないじゃん。もしかして、俺の事・・・嫌いになった？」
はっとして俺は振り返った。海斗の不安そうな目に出逢う。嫌いになったように映っても仕方がないような事をしている、そんな自覚がある。仕方ないと思って来たけれど、俺、自分勝手だった。海斗の気持ちを考えていなかった。海斗は、俺の事を好きだと言ってくれたのに。どれだけ不安でつらい思いをしていたのだろう。
「そ、その逆だよ！」
とはいえ、やっぱりどうしたらいいのか、海斗にどう接したらいいのか分からなくて、俺は海斗の腕を振り払って逃げた。
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