第43話 バイトの理由

 テストが終わった金曜日。クラスのみんなは浮かれまくっている。

 海斗からは、あれから電話もLINEも来なかった。テストのためにと煩悩を封じ込めていたが、テスト勉強から解放されて晴れ晴れとした顔をした級友たちが、遊びに行く計画を話したりしているのを聞くにつけ、無性に悲しくなってきた。俺は、まさか失恋したのか?こんな風にあっさりと?だが、俺たちは戸籍上兄弟だ。海斗は夏休みには我が家に帰って来るのだ。その時、あいつはどんな顔をして帰って来るのだ?

 怒りとか、悲しみとか、いろんな負の感情が湧き出して来て、気を許したら涙がこぼれそうになる。俺は部活のトレーニングに精を出して汗を流し、帰宅してすぐに風呂に入った。風呂の中で泣いた。顔をぐちゃぐちゃにして、泣いた。

 ちょっと瞼が腫れぼったいけれど、何食わぬ顔でご飯を食べ、部屋へ戻ろうと階段を上りかけると、玄関のドアがガラッと開いた。父さんにしては早いなと思って見やると、

「ただいま!」

何と、そこに海斗が立っていた。そして、靴を脱ぐのももどかしい様子で、海斗は急いで上がってきて、俺を思いっきり抱きしめた。

「岳斗!」

俺はびっくりしすぎて、声も出なかった。びっくりしたからなのか、胸がドキドキする。

 すると、

「誰か来たの?あら?海斗?なに、あんたどうしたの?」

母さんが現れて、素っ頓狂な声を出した。母さんだって驚くだろう、そりゃ。

「ただいま。いや、ちょっと帰って来ただけだから。また明日には北海道に戻るよ。」

と、海斗は母さんに行った。俺を抱きしめたまま。


 母さんは喜んで、海斗に夕飯を食べさせた。父さんの分がなくなった。海斗は母さんに、バイトを始めた事や、大学がどんな感じなのかを話して聞かせた。そして、帰って来た理由は、

「俺、何カ月も岳斗に会わないの、無理だ。だからバイトして、交通費稼いで帰って来たんだ。月に一度は帰って来ようと思う。そのためにバイトと学業を頑張んないとだから、ちょっと電話とかしてる暇なくなるけど。」

だそうだ。これを、俺と母さんの前でケロッと言ってのけたのだ。

 そんなわけで、俺と海斗は夜、俺の部屋のベッドの中にいた。

「あのさ、二週間くらい前に電話したら、女の子が出たんだけど。」

海斗が俺の事を離さないので、狭いのを承知で、二人で俺のベッドに寝ていた。こんな状況で、浮気を疑うというのも変な感じだが、海斗の腕の中でそう言ってみた。

「え?ごめん、気づいてなかった。バイト中かな。」

「土曜日だよ。」

「土日もバイト入れてるから。たぶん、休憩室に置きっぱなしにした時だろうな。」

そう言われると、返す言葉がない。実際、そうだったのだろうと思ってしまう。

「でも、俺はちょっとでもいいから声が聞きたかったのに。」

「そっか。ただ、お前テスト期間中だっただろ?だから、勉強の邪魔しちゃいけないと思ってさ。」

「え?テストの予定知ってたんだ?」

「だって、毎年同じじゃないか。」

そうでした。同じ学校だったからね。

「でもさ、LINEくらい返してくれたっていいじゃないか。」

俺は、ちょっと目がウルウルしてしまった。今こうされていても、やっぱり不安が消えない。

「岳斗?泣いてるのか?」

さっき泣いたから、涙腺が緩んでしまっていた。今日会えると分かっていたら、泣いたりはしなかったのに。

「なんで、今日来るって教えてくれなかったんだよ。」

「今日来られるとは限らなかったんだ。空港行って、キャンセル待ちして、キャンセル出たから飛行機に乗れたんだよ。もしかしたら、明日の朝になっていたか、あるいは今週は来られなかったかもしれなかったんだ。もし、期待させてダメになったらって思って・・・。」

海斗は言葉を切って、チュッと短いキスをした。

「ごめんな、寂しい思いさせて。」

海斗は俺の頭を何度も撫でた。父さんと母さんも、流石にこの状況を許さざるを得なかったようだ。たった一日の為に帰って来た海斗を、俺から引き離したりは出来なかったのだろう。

 そして翌日、午後から羽田空港へ行った。今日は父さんと母さんは遠慮してくれた。元々夏休みまで会えないと思っていた息子が、また来月も帰って来ると言うのだから、それほど別れを惜しまなくても良いのだろう。海斗と俺は空港へ行き、飛行機のキャンセル待ちをした。

 観光シーズンではないし、土曜日の午後という半端な時間ゆえ、それほど客も多くなくて、キャンセル待ちも長くはなかった。座って待っている間、海斗は俺にべったりで、肩に腕を回し、絶えず顔で俺の頭をすりすりしている有様。時々顔を見て、頬を撫でるとか。たまに人からチラッと見られるのが恥ずかしい。でも、またしばらく会えないから、拒むことが出来なかった。

「じゃあ、行くな。」

「うん。」

「また来るから。」

「うん、待ってる。」

そうして、海斗は搭乗口へ消えて行った。でも良かった、海斗が心変わりしたのではなくて。他にいい人がいたら、こんな風に帰ってきたりはしないはず。寂しいという気持ちを打ち消すため、海斗は俺の事が大好きなんだ、と自分に言い聞かせた。だから、嬉しい。うん、嬉しいんだ。胸が痛いくらい、嬉しいんだ。

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