第44話 すれ違い
「慣れ」というのは恐ろしいもので、あれだけつらいと思っていた事が、つまり、海斗と毎日会えない事が、普通になってきた。電話が出来ない事にも、慣れて来た。だが、慣れてつらいと思わなくなると同時に、それは海斗にとっても同じで、海斗も俺に会えない事に慣れて普通になってしまうのではないか、という一抹の不安も覚える。
最初に一泊で帰って来たのが五月下旬で、次に帰って来たのが六月下旬だった。六月に帰って来た時には驚きもせず、普通に家族で海斗を迎え入れ、海斗も五月の時ほど俺にべったりでもなかった。別れる時も、割とドライだったように思う。もちろん、一晩一緒に寝たけれど。狭い俺のベッドで。
日常がそれなりに流れ、一カ月が経つ。また海斗が来てくれると信じ切っていたから、それに向けて無心に試験勉強なども出来たし、無事に試験をクリアした。
だが、七月下旬、この週末に海斗が来るだろうと思っていたところに、海斗から連絡があった。もうすぐ夏休みだから、今週末には帰らないという内容だった。味気ないメッセージで。
心がざわっとした。いや、夏休みに長く帰って来るのだから、そのちょっと前に来ない事は当然だ。だが、俺に会えないのがしんどくて、頑張ってバイトして交通費を稼いでいる海斗。バイトばかりしているから、電話もする暇がない、俺たち。それが、帰って来ないというのを、電話ではなく文字で送ってきた。なんだか、本末転倒じゃないか?というか、帰って来ない事が、お互いにとってそれほど重大な事ではないという証明のようで、心がざわつく。不安。でも、夕方から夜はバイトだから電話しても出ないし、他の変な時間を見つけてかけても、もし出てくれなかったり、忙しいからと適当にあしらわれたりしたら・・・そう思うと怖くてかけられない。いや俺、全然慣れてないし、つらくないわけじゃない。蓋をしているだけなのだ。海斗がいないという事実に目を向けないようにしているだけ。
それでも、夏休みになれば海斗が帰って来る。それを楽しみに待っていた。大学の夏休みは、自分の履修した授業の試験が終われば始まるそうだ。海斗は七月二十六日に終わるから、遅くとも二十七日か二十八日には帰って来るだろうと踏んでいた。ちなみに、夏休みが始まる日は、母さんが把握していたのであって、海斗から俺に連絡があったわけではない。ここもひっかかる所である。
ところが、七月二十七日に、海斗から家族LINEに連絡があった。
「友達と鉄道で帰ります。あちこち旅をしながら、数日かけて帰ります。」
ま、まさかの・・・五月に、俺の元に飛んで帰って来たあの海斗はどこへ行ったのだ!信じられない思いでその文字を眺めた。母さんが「了解」と入力したけれど、俺はリアクション出来なかった。しばらく経ってから、父さんが「いいね」のスタンプを送っていた。俺は、泣いてるスタンプでも送りたい気分だったが、家族LINEにそれは恥ずかしいのでやめた。
分かったぞ。海斗、七月の下旬に帰って来なかったので、その分で浮いた交通費をこの鉄道旅に使うのだろう。そもそも、一緒に旅をする友達とは誰なんだ?同じ高校から行った人だろうか。男?女の子もいたりして?ああ、ダメだ。全然ダメだ。俺は女々しくてジメジメしていて・・・海斗にふさわしくない。今、気づいてしまった。俺は、海斗とお似合いじゃない。それに、海斗は毎日毎日、俺の事ばっかり見ていたから好きになったけれど、しばらく見なければ、俺が大したことないって事に気づくに違いない。もっと可愛い子や素敵な人がいるって事に、そろそろ気づいた頃なのでは。
海斗は結局、六日間帰って来なかった。そんなに長く、旅を楽しんできたわけだ。しかも、六日後の八月二日は、俺たち山岳部の合宿の出発日だったのだ。今回は少し遠くへ行くので、夜に出発して夜行バスで現地まで行き、早朝から山登りを開始する事になっていた。
八月二日。夕飯を済ませた俺は、大きいリュックを背負って玄関を出ようとした。そこへ、海斗が帰って来たのだ。予告もなしに。
「ただいま!」
海斗が玄関を開けて元気よくそう言った。
「あれ?岳斗、今から出かけるのか?」
久しぶりに会ったのに、なんだかその普通の声かけが、俺の神経を逆なでした。すぐ帰ってきてくれなかった事に、ただ拗ねているだけなのかもしれない。でも、素直に帰って来た事を喜べないよ。
視線だけ海斗の目を追ったけれど、結局何も言わずに玄関を出た。夜行バスの時間もある。ゆっくり立ち止まって話している暇はない。だが、そうじゃないだろう。自分でも分かっている。時間がなくても、もう少し愛想の良い出迎え方があったはずなのに。後悔、そして自己嫌悪。俺はこれから山に登る!これが最後の部活動なのだ。海斗の事は忘れて。いや、俺が忘れたら、海斗も俺を忘れるよな。うう、泣きたくなってきた。やっぱり女々しいよ、俺。
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