第6話 部活の勧誘に遭いまくる

 「岳斗、ごめーん。今日も海斗のお弁当お願い。」

また、朝母さんから拝まれた。二年生の教室には行きたくないからって、この間訴えておいたのに。

「大丈夫、取りに行くように海斗に言っておいたから。」

と、母さんがにっこり。え、海斗が取りに来る?嫌な予感しかしないんだけど。


 一時間目が終わると、廊下で悲鳴が聞こえた。キャーキャーと女子のはしゃぎ声が。

「岳斗、ここにいた!」

教室を覗き込み、俺を見つけた海斗は、にっこり笑った。教室中からキャー!と悲鳴が上がる。俺は海斗の弁当を鞄から出し、海斗の元へ持って行った。ここで比べられて内心笑われているのかと思うと、ため息が出る。

「どうした、何か悩みでもあるのか?」

弁当を受け取った海斗は、ため息をついた俺の顔を下から覗き込んだ。

「お前はカッコいいよ。それに比べて俺は・・・。」

つい、こんなところで本音を呟いてしまった。教室はキャーキャーざわざわしていて、俺の声は海斗にしか聞こえなかっただろう。

「お前は可愛いよ、岳斗。」

兄貴は俺の頭をポンポンとして、

「じゃあな、また家で。」

と言って、振り返りざま、俺に投げキッスをして去って行った。また一段とキャー!が大きく響き渡る。何を、言って・・・俺は恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じ、逃げるように自分の席に戻った。前の席の金子が、

「お前、あんな兄貴を持って、気の毒になあ。」

と言った。俺は自分の顔が赤いのを自覚し、しばらく顔を上げられなかった。


 そして、俺の生活に異変が起き始めた。毎日、昼休みに部活の勧誘に遭う。遭いまくる。

「ねえねえ、城崎君!わがバドミントン部に入らないか?聞くところによると、中学でやっていたんだろう?ぜひ、どうかな。」

バド部の先輩が声をかけてくる。これは理解できるけれど、他にも様々な部からお誘いがかかる。なぜ俺にばかりこんなにたくさんの勧誘があるのだ。

「とにかく、一回体験に来ない?」

などと、女子の先輩からお誘いを受けたダンス部。俺は全く興味がなかったのだが、一緒にいた男どもが、誘ってくれたダンス部の女子たちに目がくらみ、一度体験に行ってみようという事になった。

 昇降口の外、屋根のあるコンクリートのスペースが練習場所で、男子四人、見様見真似で一緒になって踊る。すると、

「キャー!」

と、ダンス部の先輩たちが叫ぶ。何事かと思って振り向くと、校庭でサッカーをしていたはずの兄貴がこちらに向かって歩いてくる。

「岳斗、お前何やってんだ?ダンス部に入るのか?」

と笑いながら俺の肩を抱く。

「ちょっと体験しに来ただけだよ。」

と言うと、

「いいじゃん、続けろよ。」

と言って近くに腰かけ、手にしていたペットボトルのスポーツドリンクを飲む。俺たちがまたダンスを始めると、兄貴はじっと見ていた。ダンス部の先輩たちはソワソワ。俺は・・・穴があったら入りたい。

 また、ある時は調理部の人に勧誘された。俺は興味がなかったが、やはり友達がその女子たちに目がくらみ、体験しに行くことに。校庭に面した一階にある調理室。窓からはサッカー部の活動が見えた。少し見ていると・・・ああ、やっぱり兄貴はサッカーが上手い。走っているだけでも絵になる。

 体験という事で、パンを焼いた。美味しそうないい匂いがしている。出来上がって、試食をしようと言う時、窓がガラッと開いた。

「岳斗!お前いいもん食おうとしてるだろ。俺にもちょっとくれ!」

と、兄貴が。やっぱり、

「キャー!!」

となる。兄貴はパンを一口食べたら去って行ったが、そこで気になる話を耳にした。

「やっぱり本当だったね、弟のいる所に必ず来るって。」

「ホントだねー!」

キャピキャピ、と。何?兄貴が俺の所に来るって?だから俺があちこちから勧誘されるのか?だが、流石に兄貴から見えない所にいたら、来ないだろうよ。

 と、考えた俺は、次は三階の化学室へ、化学部の体験に来てみた。今回は女子からの勧誘ではなかったので、友達は付き合ってくれず、独りで体験に来た。特に化学に興味があったわけでもなかったが、多少実験が面白そうだったというのもある。

「君、城崎海斗の弟だよね?」

化学部の先輩からも知られていた。

「あ、はい。すみません。」

「なぜ謝る?」

「あ、いえ別に。」

まだ迷惑をかけていなかった。謝らなくていいのだ。先輩と一緒にわりと楽しく実験をし、その後雑談をしながらお菓子をいただいていると、ドアがガラッと開いた。何となくそちらを見ると、なんと、兄貴が!

「海斗、なんでここに?」

俺が驚いて聞くと、兄貴は少し面白くなさそうにこちらを見る。

「お前、化学に興味あったっけ?」

と言って、近づいてくる。ここは男ばかり。さすがに悲鳴は上がらない。兄貴は俺と化学部の先輩の間に割って入り、俺が手に持っていたスティック状のお菓子をパクっと食べた。そして、ちらっとその先輩の方を見やる。そして、そのまま何も言わずに化学室を出て行った。

 はあ?

しばし呆然。兄貴は何をしにここへ来た?すると先輩が、

「弟が心配で見に来たんだね。」

と言って和やかに笑った。心配って、俺をいくつだと思ってるんだよ、海斗!


 で、もう一つ試してみたくなった俺は、今度は山岳部の体験に来てみた。今回は勧誘されたわけではない。何となく、山岳部が気になったのだ。「岳」の字が自分の名前に入っているからかもしれないけれど、山に登ってみたいような気がしたのだ。と言っても、体験で山に登るわけはなく、重たいリュックを背負って、校舎の中を歩き回るのだった。けれども、部室には山に登った時の写真がたくさん飾ってあって、長期休みには山に登るのだと教えてもらった。そして、この日は兄貴が俺に会いに来ることはなかった。

 その夜、また玄関から

「岳斗~、助けて~。」

という兄貴の声が聞こえた。仕方なく降りて行く。

「お帰り。」

「引っ張ってー。」

また言ってる。

「今日は俺も疲れてるんだけどなあ。」

階段をさんざん上り下りしたので、膝の上が既に筋肉痛だった。それでも、バタンキューしている兄貴を担いでやろうかと思ったら、兄貴は急にガバッと上半身を起こした。

「え?岳斗、今日何かやったのか?」

と聞く。俺はにやりとした。

「うん。山岳部に行ってきたんだ。」

と言うと、兄貴は一瞬真顔で黙った。

「へえ。山岳部か。どうだった?」

少しして、兄貴がそう言うので、とにかく荷物を持ってやって、兄貴が立ち上がるのを助けながら答えた。

「重いリュックしょって、ひたすら階段の上り下りだったよ。疲れたけど・・・入るかも。」

「へえ。」

兄貴は立ち上がり、俺の肩に腕を回したまま、階段を上り始めた。

「っていうかさ、調理部とか化学部とか、なんで俺が行くってわかったんだよ?」

肩を貸しながら一緒に歩いている俺は、急に思い出して聞いてみた。

「ああ、だってさ、教えてくれたから。」

「誰が?」

「だから、調理部の子とか、化学部のやつとか。今日、岳斗がうちの部に体験に来るよって。」

な、なるほど。そうか、今日は勧誘されていないのに行ったから、その情報がなかったわけだ。

「それで、なんで毎回見に来たんだよ。おびき寄せられてるって分かるだろ?」

俺が少し非難めいた言い方をすると、兄貴はちょっとふくれっ面をした。

「だって、心配だったんだもん。」

「子供扱いすんな。っていうか、お前が子供か!」

兄貴の部屋に着いたので、荷物をどさっと床に落とし、俺は自分の部屋に入った。だが、何となく兄貴が何も言い返さなかったのが気になって仕方がない。ちょっときつく言いすぎたか。俺は、そっとドアを開け、兄貴の様子を探ろうとした。すると、兄貴の部屋は開けっ放し。中を覗くと、案の定ベッドに突っ伏して眠っていた。また制服着たままかよ。俺は、兄貴の制服を脱がせ、ハンガーにかけた。そして、やっぱり鞄の中の洗濯物を出した。やれやれ。もし俺がへたばって帰ってきたら、こいつは・・・。

 はっ。もし制服よれよれ、鞄の中臭い、なんて事になったら、兄貴の人気は落ちるのか?!俺が兄貴の人気の一翼を担っていたのではないのか!?俺は大きな衝撃を受けた。放っておいた方がいいのではないか。そんな気持ちが頭をもたげる。でも、でも・・・・。ダメだ。放っておくことができない。俺の自慢の兄貴が制服よれよれなんて。洗濯してないユニフォームを明日も持って行ってしまうとか、ありえない。ダメだ・・・。

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