第13話 真実

 家に帰るまで、俺は一切口を利かなかった。分からない事だらけで、頭がパンクしそうだった。

 大きな木の所で、俺は動けなくなった。兄貴が父さんを呼んできて、父さんが俺の肩を抱いて、車に連れて行ってくれたのだった。お開きになって、母さんと兄貴も車に戻ってきて、四人で家に帰ってきた。着替えてから、母さんが俺の部屋に訪ねて来た。

「岳斗、入るわよ。」

俺がベッドに腰かけていたので、母さんも隣に腰かけた。

「岳斗。」

何から聞けばいいのか分からなくて、しばらく黙っていたけれど、母さんの顔を見ていたら、急に悲しくなって、涙が出た。

「母さん、俺は、母さんの子じゃないの?」

泣きながら、聞いた。

「岳斗、思い出したの?」

母からそう聞かれて、俺は頭を横に振った。

「でも、知りたいんだ。本当の事が。」

俺が言うと、母さんは俺の手を握った。

「そうね、思い出せないのはきっとつらいし、自分の事を知らないのは、フェアじゃないよね。もう大きくなったし、知っても大丈夫だね。」

母さんはそう言うと、ぽつりぽつりと語り出した。

「あなたの本当のお母さんは、私の高校時代からの親友なの。麻美って言ってね、高校時代山岳部だったのよ。陸上の短距離やってた私とは、対照的だったんだけど、妙に馬が合ってね。卒業してからもずっと仲良しだった。それぞれ結婚して、子供ができて、前ほど頻繁には会えなくなったけど、時々麻美があなたを連れてうちに遊びに来たのよ。あなたは海斗によく懐いていて、海斗は一人っ子だったから、あなたたちが来るのをいつもすごく楽しみにしていたわ。」

「なんで、僕のお母さんは死んじゃったの?」

俺が質問すると、母さんはそれまでの懐かしむような表情から一変して、暗い表情になった。

「あなたのお父さんがね、実は麻美やあなたや、あなたの三つ年下の妹に、暴力をふるっていたそうなの。でも、私は全然気づいてあげられなかった。うちに来た時には、麻美も私もすっかり高校時代に戻ったかのようで、楽しい話ばかりしていたから。麻美が悩んでいた事に、気づいてあげられなかった。それが悔やまれてね。あなたのお父さんは会社を経営していて、それが少し上手く行かなくなっていたようなの。それで家族への暴力が始まったみたいなんだけど、あの日、会社がいよいよ倒産する事になって、やけになったあなたのお父さんが、あなたたちに暴力をふるって、麻美やあなたの妹さんは頭を打って亡くなってしまったの。あなたも頭を打って、気を失っていたけれど、何とか一命をとりとめたの。」

俺の父親がDVを?自分が呪わしい。そんな男の血を受け継いでいる自分が。

「それで、どうして俺を引き取ってくれたの?」

俺が聞くと、母さんはさっきよりは穏やかな表情になった。

「あなたたちが病院へ運ばれたという連絡を受けてね、私と海斗はすぐに病院へ駆けつけたのね。そこで目を覚ましたあなたが、海斗を見たら海斗にぎゅーって抱きついて離れなくて。私もあなたの事は小さい頃から知っていて可愛いと思っていたし、海斗があなたを弟にするって言い張るしで、すぐにあなたをうちに引き取る事に決めたの。あなたのお母さんには兄弟もいなくて、親御さんはお父さんがお独りで地方にお住まいだということで、あなたを引き取るのは難しい状況だったし。」

「俺の父親は?生きてるの?」

気になって聞いてみると、

「あなたのお父さんは警察に捕まって、実刑判決を受けたのよ。でも、当然出てきたらあなたを探すでしょう。だから、思い切ってあなたの名前を変える事にしたの。あなたの元の名前は坂上空也。山が好きだったあなたのお母さんの事を想って、それに海斗の弟だから岳斗にしたのよ。」

俺は、自分の名前も忘れていたのか。空也・・・

(くうや、おいで)

母親の声が聞こえたような気がした。

(あなた、やめて!)

そして、思い出した。母が、最期にそう叫んだのを。胸が張り裂けそうになって、大きく深呼吸をした。そうだ、父親の鬼のような形相も思い出した。怯える妹の顔も。妹は葉子とかいて「ハコ」という名前だった。葉子は可愛かった。

 母さんが、俺の事を抱きしめた。俺は涙を流していた。でも、これでよくわかった。兄貴と俺が似ていないのは当たり前だった。血がつながっていないのだから、当然だった。あんな風になれなくていいんだ。むしろ嬉しいくらいだ。父さんと母さんには・・・今まで当然だと思っていた愛情、兄貴と同様に扱ってくれた事、全てにおいて深く深く感謝の気持ちを噛みしめた。

「母さん、俺を救ってくれてありがとう。今まで、ずっとずっと、ありがとう。」

俺は、母さんにすがって泣いた。母さんは何度も俺の背中を撫でてくれた。こんな、兄貴に比べて全然可愛くない俺を、こんなに分け隔てなく育ててくれるなんて。

 だいぶ落ち着いて、涙も引いて、俺は母さんから離れた。ちょっと照れくさい。

「俺なんて、海斗に比べたら全然可愛くないのに、よく育てられたね。」

なんか変な言い方だけど、ついそう言ってしまった。

「あらあ、岳斗も可愛いわよー。それに岳斗はいい子。よくお手伝いしてくれるし、海斗の面倒も見てくれるしね。」

そう言って、母さんはウインクした。

「それにね、海斗に兄弟も作ってあげたかったから。海斗は本当に岳斗の事が好きだもんねー。」

と言って、母は笑った。それは否定しない。俺の恋路の邪魔をするくらい。

 ・・・なんか引っかかったぞ。何だろう。気のせいかな。

 それから少し部屋で一人で休んでから、俺は父さんにも感謝の気持ちを伝えに行った。照れくさいとはいえ、俺は今すごくすごく感謝の気持ちが溢れてきて、とても黙ってはいられなかった。

「父さん、今までありがとう。俺を育ててくれて、海斗と分け隔てなく扱ってくれて、本当にありがとう。」

正座してそう言い、頭を下げた。顔を上げると、父さんはウルウルしていて目が真っ赤だった。

「岳斗、お前こそ、父さんに懐いてくれて、ありがとうな。俺は嬉しかったんだよ。父さん遊ぼうって言ってくれて。」

父さんはとうとう目頭を押さえた。俺は、記憶を無くして本当の父親だと思っていたから、それは普通の事だと思っていた。考えてみれば、本当の父親には怯えていたのに、よく新しい父に懐いたものだと思う。自分で言うのも何だが。きっと、兄貴が父さんに接するのを見て、学んだのだろう。兄貴は、家でどう振舞えばいいのかを教えてくれた。一つしか年が違わないけれど、俺の知らなかった普通の家庭、暖かい家庭の事を全部教えてくれたんだ。俺が今まで幸せに暮らして来られたのは、兄貴も含めて家族のお陰なんだな。改めて、兄貴にも感謝だ。兄貴には、まだありがとうとは言わないけれど。

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