第19話 海魔


 見渡す限りの大海原。そこを一隻の船が行く。

「まだ天狗の里は見えてこないな……」

 陽太が船先へ出て様子を見ている。姫華も釣られて出てくる。

「ホントね、そんなに遠いのかしら」

「あんた等、魔縁様への生贄なんだろう? 随分、余裕そうだな」

 運転している漁師が言う。

「あー、いや……ま、魔縁様への生贄だなんて光栄な事だなーなんて……」

「そんなところです」

「ふうん、ま、本人が納得してるならいいがね」

 船はを進める。

 その時だった。

「見えて来たな」

 遠くに島影が見えたのをカラスが捉えた。陽太と姫華も目を凝らす。

「あれが……」

「天狗の里……」

 ごくりと生唾を飲み込む。

 もう後には引けない。覚悟を決める陽太と姫華。その瞬間、船が大きく揺れた。

「何だ? 高波か?」

「ち、違う! これは!」

 ザバァァァン!! 現れたのは巨大な蛸の脚だった。吸盤に当たる部分が全て目玉になっていてこちらギロリと凝視してくる。

「海魔だぁ! やっぱりお前ら、魔縁様を裏切りに来たんだな!」

 漁師が叫ぶ。

「バレちゃしょうがねぇ!」

 天狗の面を取り、鎧天を身に纏う陽太。

「おい漁師のおっちゃん! 命を守ってやるから、代わりにこの戦いが終わったら天狗の里まで運転してもらうからな!」

「そんな馬鹿な、俺にまで裏切りの片棒を担がせる気か!」

「命は守ってやるって言ってるだろっと!」

 日ノ出・一閃、蛸の脚は真っ二つに斬れ海中に沈んだ。しかし、それで終わりではない。二本三本四本と次々に海から蛸足が伸びてくる。

「一体、何本あるんだこの脚!」

 斬っては捨て斬っては捨てを繰り返すも埒が明かない。そこでカラスの怒号が飛ぶ。

「海中だ! 海の中の本体を狙え!」

「畜生やるしかないか……俺泳げないんだよなぁ!」

 船から飛び出し海へと飛び込む陽太。

 そこは暗い闇の世界だった日の光が届くのは海面だけ、奥に行けば行くほど大口を開けるように暗闇が広がっている。

(何処だ……?)

 海中では長時間、息が持たない。早く探さなければ。揚力を集中し日鱗で辺りを照らす。すると元凶が姿を現した。巨大な大口、乱杭歯が尖りこちらに向けて進んで来ていた。触手も海中に戻り。一気に陽太を取り囲む。

(落ち着け、陽気を集中させるんだ)

 海の中では陽気は通りにくい、必殺の一撃をかますためには集中が必要だ。迫る触手と大口。ギリギリまで引き付ける。全方位から触手が迫る。そこだ。

――中天・日輪車

 横薙ぎの一回転が蛸足を一斉に斬り落とす。残るは大口。息を止める。目をかっぴらいて敵を見据える。

――中天・炎天渦

 縦一回転の光輪が海中を切り裂き進んでいく。海魔は真っ二つに裂かれ霧散した。

「ぷはぁ!」

 海面へと上がる陽太。海魔は片づけた。しかし敵が妖魔を差し向けて来たという事はもうこちらの動向は掴まれているという事にほかならない。

「いよいよ正面衝突か……」

 天狗の里はもう目と鼻の先であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る