第7話 仄暗い闇の中で


 昼地の都を後にして道中。陽太一行はただひたすら長い一本道を歩き続けていた。

「この先の町はまだ遠そうだな」

 陽太がどこまでも続くかのような一本道を見て呟く。

「……まさか野宿!? こんな道端で?」

 姫華が落胆している。するとそこでカラスがとある一転を指さした。

「どうやら、屋根と壁は確保出来そうだぜ姐さん」

 指差して先にあったのは遠くに小さく見えるボロい家だった。


 家までたどり着く、そこまでそこそこの時間を要した。なぜならば遠くから小さく見えたその家は、屋敷と呼べるほどに大きかったからだ。

「こんなところに家が」

「大方、妖魔に襲われて都に逃げた奴が捨てて行ったんだろうよ」

「そうね……『境界』の中でないと人間は安心して暮らせないもの」

 境界、それは都にある木の杭で出来た壁の事である。それは御神木で出来ており、その陽力にあてられた妖魔は近づくことも出来ないのだ。

「でもどうして境界の外に屋敷なんかが……」

「まーまー、いいから入って一休みしようぜ。先は長いんだからよ」

 怪しむ陽太の背中を押すカラス。しぶしぶといった感じで恐る恐る屋敷へと入っていった。


「外から見るとぼろく見えたけど、中は意外としっかりしてるわね」

 姫華が玄関をくぐり廊下まで入ってそんな感想を漏らす。

「ああ、それに広そうだ」

 陽太が部屋の一つ、その襖を開ける。その時だった。

 噎せ返るような血の匂いがしたのは。

「っ!?」

 咄嗟に鎧天の入った箱を背中から降ろし、中を開く陽太。

 しかし、そこには何もなかった。

 ただ畳の部屋が一室、存在するだけだった。

「まあまあ落ち着きなよ旦那、ちょっと昔の匂いが残ってただけじゃないか」

「昔の匂い!? これがか!」

 噎せ返るほどの匂いはいまだに続いている。今にもせき込んでしまいそうなほどだ。

「そうだとも、過ぎ去りし日の残滓、もうここには何もいないよ」

「一体。どれだけの人間がここで食われたっていうんだ……」

「こんなところに泊まるの……?」

 そこでカラスが庭の方の障子を開ける。

「見なよ」

 ポツ、ポツと雨が降り始めていた。


 結局、この家で雨宿りをする事となった二人と一匹。

 家のそこら中から血の匂いが漂って来る。

 なのに血痕が一滴も無いというのもおかしな話だ。

「おいカラス、本当に何もいないんだろうな」

 鎧天を箱から出し、日ノ出小刀を片手に構えた臨戦態勢の陽太、カラスは呆れた表情で。

「だからそうだと言ってるだろう?」

「……」

 いまだにカラスの事を信用しきれていない陽太。姫華は憂鬱そうに雨空を見上げる。

「日が暮れて来たわね……」

 夜は近い。


 雨脚は強まる一方、で日はすっかり暮れ夜。

 ザーザーという雨音が血なまぐさい部屋に木霊する。

「おいおい、辛気臭いぜお二人さん。仕方なかっただろう? ここで休む以外選択しなんてなかった。違うか?」

「……そうかも、だけど」

「こんな怪しい場所、雨が止んだらさっさと出て行く、いや明日の朝には雨が降っていても出て行く」

 三者三様の反応、この家の雰囲気は最悪だ。ピリピリと張りつめている陽太、不安がる姫華、いつも通り飄々としているカラス。

 ふと、カラスが動いた。

「あー、やだやだ。外もジメジメ、中もジメジメしちゃってさあ、俺ちょっと他の部屋見てくるわ」

「おい勝手な行動は」

「今更逃げたりしないって。んじゃちょっくらお宅探検行って来まーす」

 そう言って部屋から出て行くカラス。陽太それを深追いせずに見送ってしまった。

「……少しは信用したの? カラスの事」

「別にそんなんじゃない。ただ今は放っておいても平気だと思っただけだ」

 ふーん、そ。と素っ気なく返事を返す姫華。陽太どこか落ち着かない様子でカラスが出て行った部屋の入り口を見ていた。

 すると。

「ぎゃああああああああああああ!!!!」

 カラスの叫び声が屋敷中に響き渡った。


「おい今の……」

「カラスの声、まさか」

「ちっ、世話の焼ける奴め!」

 オン・ガルダヤ・ソワカと呪文を唱え、鎧天を身に纏う。部屋から飛び出し、声がした方へと駆け出す。

 するとそこには。

「た、助けてくれ旦那ぁ!」

 黒い何かに引きずり込まれそうになっているカラスの姿があった。

「やっぱり居たじゃねえか妖魔!」

「今、そんな事言ってる場合じゃない! 食われる! 食われる!」

「ええい、本当に世話の焼ける……!」

 陽光の刀で黒い何かを斬り付ける陽太。しかし。一部、霧散したがそのまま全ては消えず残った部分が鎧天ごと陽太を引きずり込もうとしてきたではないか。

「何!? こいつ鎧天の刀が効かな……うおっ!?」

 そのまま闇へと引きずり込まれる陽太とカラス。

 その後には静寂だけが残った。


 暗闇の中。ハッと目を覚ます陽太。そこは上下左右、全てが暗闇の、まさに暗黒の世界であった。唯一の光源は、陽太が身に纏った鎧天だけ。陽太はこの闇を祓おうと刀を思いっきり振るう。しかし。

「踏ん張りがきかない!?」

 暗闇の中では思ったような力加減が出せないでいた。軽く振るった先で少し霧散する暗闇もすぐに補填されてしまう。

「クソ! これじゃどうにもならねぇ!」

 そこで声が聞こえた。

「旦那。思い出せ! 俺ら天狗と初めて戦った時の事を、アンタ空中でどうしてた?」

「ハッそうか、陽気の足場!」

 カラスからの助言でそれに気づく陽太。早速、陽気の足場を創造し踏ん張りを入れる。

 そして薙ぎ払うように剣を振るう。

 陽光が刀から迸る。溢れ出る光は部屋を満たし暗闇を祓った。残ったのは普通の広間。しかし、陽太はそこで一息つかずすぐさま来た道を戻る。姫華の無事を確認するためだ。

 姫華の部屋に向かうと、そこには黒い闇が蔓延していた。

「姫華ぁ!」

 剣を一度鞘に戻し、居合の構えを取り抜き放つ、昔、陽太が悟堂に教えてもらった技の一つ『日ノ出一閃』である。

 陽光がまさに日の出のように鞘から迸り部屋を照らす。中にはお札で結界を張っていた姫華の姿があった。

「無事だったか!」

「ええ、なんとかね……なにあの黒い妖魔……天井から突然湧き出して……」

「妖魔の種類なんて天狗の俺でも詳しくないが、そうとう厄介な手合いだってのは分かるぜ、なにせあの鎧天をものともしないんだからな。魔縁様に匹敵するかもな」

 姫華の言葉にカラスが答える。

「そんな事は分かってる。よくもこんな場所に案内してくれたな」

 陽太がカラスを睨む。

「おいおい本当に分からなかったんだって。俺だって万能じゃないんだ、力だって封じられてるし」

「もういい、とにかくこの屋敷から出るぞ」

 そうして玄関から家を出ようとした一行を待ち構えていたのは。

「嘘だろ……」

 一面の暗闇だった。

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