第6話 昼地の宿


「はあやっと宿についたあ」

 姫華がうーんと背を伸ばす。

「これで休めるのか……おい妖魔」

 陽太がカラスを呼びつける、疲れているからか八つ当たり気味だ。

「はいはいこのクェラスに何か御用で?」

「お前はカラスだ……そうじゃなくて。本当に近づいてるんだろうな魔縁の御殿とやらに」

「ええそれは間違いなく」

「お前は本当に信用ならん」

「妖魔全部を信用してないんでしょうが」

「当然だ」

「さいですか……あーほんと生きて帰れるのかな俺」

「長生きしたいからって遠回りだったり行先違いだったら斬り捨てるからな」

「なあ、それ言外に直行したら短命だって言ってない? ねぇ」

 カラスの言葉を無視して宿へと入る陽太、その腕はがっしりとカラスの腕を掴んでいる。

「そんな事しなくても逃げませんってばあ」


「え、二部屋でいいの?」

「ああカラスこいつと俺は同室でいい」

「大丈夫? いくら私の力で封じてるとはいえ、寝込みを闇討ちでもされたら」

「大丈夫だ。寝るときは鎧天を着込んで寝る」

「ええ……そこまで警戒されてんの、この無条件降伏状態の俺ってば」

「それじゃ休まらないよ陽太」

 どうしようもないものを見るような目の姫華。

「いいんだこいつから目を離して逃げられたら困る」

「ここまで付いて来たのにまだ信用ないのね俺ったら」

「とにかく宿代節約のためにも二部屋で!」


 畳張りに布団を敷く陽太。

 一枚だけ。

「ねえ俺の分は」

「畳で寝ろ」

「な……ふざけんな顔に痕が付くでしょうが!」

「ずっと仰向けでいろ」

「寝返りぐらいうたせろ!」

「うるさいもう寝る」

 灯りを消し布団に入る陽太。

「ふーざーけーるーなー! こうなったら騒ぎまくって安眠妨害してやる!」

「爺さんのいびきで鍛えられた俺には効かん……」

 カラスが思わず陽太の顔を二度見した。

「ホントに寝てやがる……というか寝るの早!?」

 カラスは嘆息して畳の上に横になる。

「闇討ち云々は気にしてないのか……? まああの人間の巫女に光の輪で俺を絞め殺せる可能性がある以上、もうそんな真似も出来なくなっちまったが……しかし、よく寝てやがる……」


 そして朝、その場は温泉であった。

 姫華は一人温泉を満喫していた。

 透き通るような肌、歳にしては大きな胸、男共が居たら興奮していたに違いない。

「また大きくなったかな……やだわぁ、肩こるのよねぇ」

 そう言いながら肩まで温泉につかる姫華。

 その場に入って来る者一人。

(他のお客さんかしら……? でも他に客なんていたかな)

 ほぼ貸し切り状態だったはずだと思いふと人が入って来た方を見やる。すると湯気から現れたのは――

「よ、陽太!?」

「は……姫華!? なんで男湯に!?」

「ここ女湯よ! 早く出てって!」

「な、なんなんだ一体!?」

 慌てて飛び出す陽太。

 顔を真っ赤にする姫華。

「……見られてない、よね」


「なんで女湯の看板が男湯に……俺が見た時は確かに……はっまさか!」


「冤罪だー冤罪だー」

 部屋に布団で簀巻きにされて吊るされているカラス。

「嬉しいだろう。お前の入りたがっていた布団だ」

「だれが巻いて吊るせと言ったー」

 陽太は顔こそニコニコとしているが足は地団駄を踏みイラついているのを隠せていない。

「温泉の前まで付いて来ておいて『天狗は温泉苦手だったー』なんて言ってすごすごと部屋に戻っていった時から怪しいと思っていたんだ……お前が仕込んだ術だろう! 自分の姿を人型大鷲から人間に変えられるんだ。男湯と女湯を入れ替えるぐらい容易だろう!」

「……いいもん見れたろ?」

 ニヤリと笑うカラス。陽太はおもむろに小刀を構える。

「反省してないようだな……」

「もしかして湯気濃くて見えなかったのかな? それは残念、って痛-っ!」

「峰打ち! 峰打ち! 峰打ち! 峰打ち!」

 小刀の峰でカラスの頭を叩きつける陽太。

「痛い痛い痛い痛いーっ!」

「湯気なんも見えなかったわー!」

「そりゃ八つ当たりだろ、痛-っ!? 今、刺しただろ! 先っちょで刺しただろ!」

 バン! と陽太の泊っている部屋の襖が開かれる。

「話は聞かせてもらったわ! ゙天誅!」

 現れた姫華がなにやら呪文を唱え始める。

「ぐええ、輪が閉まるううう」

 カラスがびよんびよんと吊られながら跳ね回る。

「ついでに陽太! 本音は隠せ! ついでに天誅!」

「え、俺も!? ぐわぁ!?」

 姫華から思いっきりのいいビンタを喰らった陽太。赤く腫れ顔に紅葉が咲いていた。


「はーっ! いい宿だった」

 姫華が両手をぐーっと上に挙げる。

(あれを見逃したのか俺は)

 姫華の強調された胸をちらちらと見やりながら、小声で呟く陽太。

「なあ旦那、俺の待遇しだいじゃもっといい思いさせてや・る・ぜ☆」

 カラスが陽太に引っ付きこそこそと話す。

「峰打ち!」

「痛-っ!」

 小刀の峰でカラスの背中を叩く陽太。

「なにまた天誅?」

「「いえなんでもありません」」

 陽太とカラスが唯一口を揃えて言葉を発した瞬間であった。


「もうこの昼地の町を出るの?」

 残念そうにしている姫華、しかし鎧天を背負う陽太の意思は堅い。

「一刻も早く、魔縁を討たなければ、いつまた天狗の群れが天朝を襲うか。分かったもんじゃない」

 そうして歩みを進める。

「こりゃ、楽な旅にはなりそうにないねぇ」

 カラスが天を仰いで言う。

「元から妖魔を討つ修羅の旅だ。悪いが付き合ってもらうぞ」

「またまた悪いなんて思ってないくせにぃ」

「姫華に言ったんだ」

「私は……うん、天朝の皆が無事なのが一番……陽太に付いて行く。決着つけなきゃね」

 覚悟は再び引き締められた。

 二人と一匹の旅はまだまだ始まったばかりだ。

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