第5話 重責


「重い……」

 大箱を背負った陽太が愚痴る。

 姫華は小さい風呂敷包み一つ、洋服以外裸一貫のカラス。

「おーもーいー……」

「百八本全部持って行くって言ったのは陽太でしょー」

 怪訝な顔をしながらカラスを指さす姫華。

「それとも全部アイツに持たせる?」

「嫌だ」

 妖魔に大事な鎧天を持たせるなど言語道断だと言わんばかりの否定。

「もう意地っ張りなんだから」

「俺としては大助かりだけどね、天狗だって重いのはイヤですよっと」

 行くは山道、次の町は遠く。日暮れまでにはつくらしいが。ふらつく陽太の足取りでは日が暮れてしまうかもしれない。

「まあ修行になるとでも思うしかないわね。陽気を身体に溜める修行」

「陽気を身体に?」

「そ、健全な肉体に健全な精神が宿る。鍛えられた肉体に多くの陽気が集う」

「そういう……ものなのか……はぁ」

「そーそー」

「修行……してたつもりだったんだけどなぁ……」

 畑仕事や勉強をサボってまでした剣の修行は無駄だったのかとため息を吐く陽太。

 姫華はそんな気も知らず。

「悟堂さんだって毎日、大太刀で素振りとか、色々やってたんだから……」

「……悟堂さん」

 旅の切っ掛けである出来事。きっとこの先も忘れることもない。

「なんだかシリアスな空気だねぇ」

 そんな雰囲気をぶち壊すカラスの一言、無言で小刀を突きつける陽太。

「おっと失礼」

 黙らせて行軍は続く。


 どれだけ歩いただろうか、日は少し傾いて来た。

「見て、あの町よ」

 遠くに木の杭で出来た壁が見える。

「まだまだ遠そうだな……」

 その時だった。

「おっとお客さんだぜお二人さん」

「はあ? アンタ何を」

「姫華下がれ、妖魔だ」

 箱を背から降ろし開いて待ち構える陽太。

 姫華も小刀を構え、陽太の後ろに回る。カラスはさらにその後ろ。

「アンタ妖魔でしょ! 話つけてきなさいよ!」

「いや同じ天狗ならともかく、他の妖魔なんて人間姿の俺見たら餌だとしか思わないって。食った後に陰気臭えと思うだけで」

「そいつは役に立たないぐらいでいい」

 森の木をぶち抜く轟音、衝撃、陽太達の身の丈の何倍もありそうな巨体が躍り出てきた。

『食いもんだぁ……あの邪魔な木の壁で餌場に入れなくなって早数十年、やっとこさ餌がやってきたあ』

 黄色い肌の大顎の異形であった。蛇のような鮫のような歪な形をしている。

「行くぞ『オン・ガルダヤ・ソワカ!』」

 

 鎧天を纏う陽太。

 敵の前へと立ちふさがる。

「おーおー、餌が着飾って……よりおいしそうになったぞお」

「そうかよ。これでもそんな事言えるか?」

 刀を一振りそれだけであった。大顎の下顎が切り落とされる。

「-----------------!!」

 声にならない叫びが森に木霊する。

「やっぱり卑怯だわアレ」

「あんたら妖魔からしたらそうでしょうね」

 姫華とカラスはただ眺めているだけであった。

「その口でどれだけの人を食って来た! その数だけ斬り刻んでやる!」

 手を、足を、舌を、上顎を、ばらばらと陽光に切り刻まれていく妖魔。

「おお怖い怖い」

 カラスが震えてみせる。しかし、その時、姫華も同じ気持ちであった。

(妖魔と戦っている時の陽太、少し怖い)

 彼の生きて来た環境を思えば、あの日の出来事を思えば無理ない事とも思う。

 しかしだ。それにしても行き過ぎている気がしてしまう。

「……妖魔を消し去るまでとまらないみたい」

「そいつは恐ろしいな、魔縁様の前まで案内したら、さっさとおさらばしたいね」

 カラスの言など無視する姫華、その眼には妖魔を切り刻む陽太の姿しか映っていなかった。


「はあはあ……」

「お疲れ様、すごいねあんな大きな妖魔を一瞬で」

 陽太に水筒を渡す姫華。受け取るとごくごくと飲み干す。

「まだ天狗共と戦った時の疲れが残ってるのか……? 身体が重い……」

「無理しすぎなんだよ、言ったでしょ出力を抑えてって」

「出力……それがよく分からないんだよ」

「出す力を絞るの、必要最低限に、今の敵だってあんなバラバラにしなくたって、急所を見つけて両断するだけで、その一太刀だけで倒せた」

「……妖魔に手加減なんて出来ない」

「もう分からずや」

 陽太は鎧天を脱ぐ、鎧天は箱の中に戻っていく。背負い直し再び行軍は続く。


 無事、といえるかどうか怪しいが、なんとか日没までに町に着いた。

 町の門の前、この町の社守であろう人に呼び止められる。社守かどうかは日ノ出大太刀を背負っているからすぐ分かった。

「通行証を見せてもらえますか」

「はい、日輪社の巫女です」

 旅立つ時に婆さんからもらった通行証を見せる姫華。

「おお! 日輪社の! かの鎧天は素晴らしき神器と聞いております」

「あはは、それほどでも……」

 まさか傍にいる男が背負っているとは思うまい。

「そちら二人はお連れですか?」

「はいお供です。可愛い子には旅をさせよとは言いますが、さすがにか弱き乙女一人ではと」

(妖魔一匹余裕で押さえつけといてなにがか弱き乙女だよ)

(なんか言った?)

(イデデデデ、嘘だろこの輪締まるのかよ!?)

 カラスが小声で姫華の逆鱗に触れ勝手に自爆している、陽太の目にはただ仰け反っているようにしか見えないが、きっと不可視の輪がカラスを締め上げているのだろう。いい気味だ。そう思う陽太だった。

「はい、確認しました。では昼地の都へようこそ!」

 二人と一匹は、三者三様のあり方で町へと入るのだった。

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