第16話 体の修行
体の修行はただひたすらに日鱗を纏って日ノ出大太刀の一撃を受け続けるというものだった。それも一日中。
「いてててっ」
「大丈夫? 日輪の上からでもやっぱり痛いの?」
姫華が心配してくれる。
「ああ、痛い。特に最後の方。日輪が切れた一瞬を狙って来るからあの爺……」
「何か言ったかの?」
「あ、いらっしゃったんですね……」
長は神出鬼没だ。油断ならない。
「ま、せいぜい頑張れよ、お前が強くなって魔縁様を倒してくれなきゃ裏切り者として俺は粛清を受けちまう」
「カラス……」
「何だよ。俺の顔になんかついてる?」
「……いや」
波紋の石室での事を思い出す。いや思い出したくもない。だけどしばらく忘れられそうにもない。姫華とカラスの顔を見るたびに思い返す事になる。
「うえっ」
思わずえずいてしまう。
「ちょっと大丈夫!?」
「ああ平気だ何ともない……」
姫華の顔もまともに見れない。これで本当に心の修行になったのだろうか。
体の修行は三日三晩続いた。その間、天狗の襲来は無かった。数度、撃退した事により、相手も慎重になってるのかもしれない。毎日続いたおかげで一日中、日鱗を張る事が出来るようになった。
「まあ及第点だな」
長の合格が降りた。これで体の修行は終わりだという事だ。
「しばらく休め」
短い言葉だったが少しほっとする。流石に三日三晩、日ノ出大太刀で叩かれ過ぎて全身痛くなっていたところだ。
「温泉がある。入っていけ」
「はい! ありがとうございます!」
温泉……何か嫌な予感がする。注意して行こうと陽太は決めた。幸い、先客はいなかった。ゆっくりと湯につかる。そこに。
ガララッ。
「っと入ってまーす」
「知ってるよ。残念だったな俺だよ旦那」
カラスだった。別に姫華が来ると思っていた訳ではない。断じてと陽太は胸に秘めておいた。
「何の用だ」
「アンタの様子がおかしくなっててね。気になったんでさ」
「……別に、何もないさ」
「ストレートに聞くけどよ。心の修行で何を見た?」
陽太は絞り出すように声を出す。
「…………お前、強かったんだな」
「……なるほどな。俺と戦う幻影を見たか。大方、姫華を人質にでも取ったんだろう。俺ならそうする」
「当たりだよ。命を繋げてお前を殺すと姫華も死ぬ呪いまでかけやがった」
「ああ、そうする。俺は生き延びたいからな。それでアンタは俺らを殺したんだな」
「……ああ」
「姫華はともかく、俺にまで感情移入したんじゃないだろうな?」
「……まさか」
「ハハッ、そうだよな。まさかな」
カラスは湯に浸かりながら笑い出す。
「だがしかし俺はともかく姫華まで殺す覚悟があるとはな」
「……それは」
正直、言ってアレは夢だと自覚していたから出来た事だ。現実にそんな状況になったとして出来る自信が陽太には無かった。だが自分はやるのだろうと。陽太は薄っすらと胸の奥底に沸く感情も同時に持った。
「アンタなら殺せるさ」
カラスが言い放つ。なんの根拠があるのだろう。
「俺は……」
「アンタはいざという時に決断が出来る奴だ。俺の翼を遠慮なく斬りやがった」
「そりゃな。でもあの時とは状況が違い過ぎる」
「一緒さ。鎧天を纏って天狗と戦えた時点でアンタには戦士の素質があるさ」
「そうかな」
「ああ、アンタには魔縁を斬ってもらわないと困るんだ」
「粛清されるからか?」
「そうとも。アンタには期待してるんだぜ」
「俺が魔縁に負けたらどうするつもりだ?」
「そうなりゃスタコラサッサだぜ」
「ふっ。お前らしいな。なあカラス、お前の海外時代の話を聞かせてくれよ」
「何だ突然、いいけどよ。アレは俺が西の方でだな――」
そうして二人はのぼせるまで談笑したのだった。
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