第15話 中天の都
「ようこそ中天の都へ」
門を通り都の中に入る。そこは赤と金に彩られた豪華絢爛な都であった。
「これは……都全体が社のなのか……?」
陽太が思わず驚きの声を上げる。お栄がそれに答える。
「如何にも、ここ中天の都こそ全国の社の総本山なのです」
「私は知ってたけどね」
「俺も」
姫華とカラスが素知らぬ顔で知ったフリをする。
「此処で、奥義を……」
「ええ、中央の本殿に向かいましょう」
一行は歩みを進める。赤と金に目を晦ましそうになりながら。
中央本殿。門の前。社守にお栄が話しかけている。
「天童麗夜様のご紹介で……ふむふむ、鎧天の使い手とな……なるほど分かりました。どうぞお通り下さい。どうぞお気を付けて」
中へと通される一行。そこはさらに煌びやかな装飾の施された広間が大きく口を開けていた。
「よくぞ参った、今代の鎧天の纏い手よ」
「はっ!」
そこに居た老人に思わず傅く陽太。自分でも何故だか分からない。
「我が名は九代目中天、この都の長をしている」
都の名を関する長、その実力は漂う雰囲気から十二分に察する事が出来た。白髪白髭を蓄えたその佇まいからはまさしく貫禄が感じ取れた。
「鎧天の纏い手よ。名は?」
「陽太……です」
「ふむ……陽太、お主には心技体その全てが足りておらん」
いきなり切って捨てられ唖然とする陽太。思わず反論する。
「お、俺はこれまで何体もの妖魔を倒して来ました!」
「それが慢心だと言っている」
にべもなかった。
「妖魔を倒した事のある者などこの都にごまんといる」
「俺が倒したのは――」
「強かったと言いたいのか? それで大天狗に勝てるのか?」
どうやら陽太の旅の目的、話は通っているらしい、恐らくお栄経由だろう。
「それは……」
やってみないと分からない。と口に出して言う事が出来なかった。そんな曖昧な答えは求められていない事は明らかだった。
「お前にまず足りないのは心だ。奥義を習得したいのならまずは心の修行をしてもらう」
「修行、付けてもらえるんですか!?」
「そのために来たのだろう、行くぞ。他の者はどうかくつろいで行くと良い」
そうして姫華やカラスと離れ、一人修行の間へと通される陽太。
そこはうっすらと水の張った石室だった。その中央一番底の浅い箇所が存在した。
「この中央に座れ、水がたなびく波紋に集中しろ。己の心の奥深くまで潜るよう想像しろ」
「はいっ」
ちゃぷんと音を立てながら部屋の真ん中へと進む。
「おっと鎧天を纏うのを忘れるな」
呪文を唱え鎧天を纏う。そして部屋中央そこに立つ。
「座れ」
指示に従い。がしゃがしゃ、ばしゃばしゃと音を立てながら座り込む。波紋が広がる。これに集中しろと長は言った。波紋の行く先を見つめる。波紋は部屋の壁までたどり着くと跳ね返る。こちらへと向かって来る。周囲を見渡す。波紋に囲まれている。陽太は思わず身構えてしまう。
「波紋に身をゆだねよ」
言われた通りにする。波紋を拒まず受け入れる。すると――
瞼の裏からでも分かる陽光。そこは外だった。
「ここは……? 俺は石室に……」
「何寝ぼけてやがるさぼり魔」
「えっ」
聞きなじみのある声。もう二度と聞くことが出来ないと思っていた声。
「悟堂……さん!?」
「応、お前にいつもの修行を付けてやろうと思ってな。今日もするんだろ剣の稽古」
「あ、はい! お願いします!」
悟堂とのいつもの日課。勉強を抜け出して剣の稽古。これがいつもの日課だった。
「チェスト--!!」
「脇が甘い」
「ぐえっ」
いつも一撃でのされてしまう。それでも何度でも立ち上がり。陽太は悟堂へと向かっていった。
勉強の終わりを告げる鐘の音が鳴る。社の裏で稽古していた二人はそそくさと退散する。
「しっかし、あれだな。お前、全然強くならないな」
「……悟堂さんの教え方が悪いんじゃ」
「んだとこのぉ」
「うわぁ!? 苦しい苦しいです!」
首を腕で絞められる陽太。まあそれも本気ではなくお遊びみたいなものだ。
「そういやもうすぐだな日輪祭」
「えっ、日輪祭はもう終わって……」
その時、気づく、これは現実ではない。陽太の記憶の中だ。記憶の中で過去の事を追体験している。しかしそれになんの意味がある。待っている結末はただ一つ。
「悟堂さん……! 日輪祭の日に天狗が!」
「天狗? ああ例の契約って奴か。まあ大丈夫なんじゃないか? 何せ千年も前の話だ。天狗さんの方も忘れてるだろうよ」
「そうじゃなくて! 本当に来るんですよ! それで悟堂さんが……!」
「俺がどうしたって?」
「……えっと」
此処は記憶の中だ。此処で悟堂を救えたとしても現実が変わる事はない。だけど言わずにはいられなかった。
「天狗に殺されます」
呆気に取られたような悟堂の表情。しかし。ちょっとするとぷっと吹き出し笑い出す。
「はははっ! 何を言うのかと思えば! 俺が天狗に殺される? 上等だ。日輪祭を守って死ぬなら本望だね」
「そんな……冗談じゃないんです!」
「それでもだよ。陽太、俺は自分の使命を全うする事が誇りなんだ。誇りに命賭けてんだ」
「悟堂さん……」
「ほらそろそろ次の勉強が始まるぞさぼり魔、たまには授業に参加しろ」
促され社の中へと押し込められる陽太。締まる扉。悟堂の背中が最後に見えた。
「どこ行ってたのよ授業サボって」
姫華だ、これも記憶の中の姫華であって本人じゃない。
「ちょっとな」
「何よそれ、それより陽太、勉強道具は?」
「あっ、忘れた」
「全く呆れた……私の貸してあげる」
「いいのか? お前の分は……ってそうか姫華は二つ持ってるんだっけ」
「そうよ誰かさんのおかげでね……あれ? その事、陽太に離したっけ?」
「あ、いや……うん話してもらったうん」
「そうだっけ? まあいいや勉強始まるわよ」
勉強が終わり、また社の裏に回り込む陽太、そこには悟堂がいた。
「よお、また来たな」
「はい、今度は負けません」
「おっ言ったな」
木刀を構える。すかさず陽太は型を取る。
「夕暮・蓮華!」
「何!?」
下段の斬りはらい。鎧天無しではただの技だが、それでも奇襲には充分効果があった。
跳び上がってそれを躱す悟堂。そこを狙って陽太がさらに仕掛ける。
「日ノ出・天昇!」
上段への斬りはらい。これも鎧天無しでは陽気も纏わないただの一振り。しかし空中で身動き取れない悟堂には効果覿面だ。
「こんにゃろ」
木刀で日ノ出・天昇を受け止める悟堂。しかしそれで一気に隙だらけとなる腹部。そこ目掛けて最後の一撃を繰り出す。
「日ノ出・穿孔!」
「甘い!」
顎に強い衝撃、それは木刀では無く、悟堂の着地直後に放った蹴りだった。
「剣の稽古だからって剣以外使っちゃいけないって事はないよなぁ?」
「ずりぃ」
倒れ込む陽太。勝ち誇る悟堂。
「本当の勝負に卑怯も何もないんだぜ陽太。それだけは覚えとけ」
「うっす」
手を伸ばされ掴み立ち上がる陽太。
「しかし中天の演武の型なんてどこで覚えた? 前に見せた事はあったが……まさか見ただけで覚えたとか言うんじゃないだろうな?」
「そうですって言ったらどうします?」
「嘘つけ、種を吐け!」
「ぐえ、だから苦しい……!」
また絞められる陽太、しかし内心気が気ではなかった。日輪祭の日が迫っていたからだ。
そして。
『待て人間、こちらに争う気はない。我々は「契約」を果たしに来ただけだ」
「『契約』だと……?」
来てしまった、この瞬間が。
この後、悟堂は不意打ちで死ぬ事になるそれを防ぐには。
悟堂が天狗の首を刎ねた。その瞬間に天狗の身体に体当たりを喰らわす。倒れ込む天狗の身体。これで不意打ちは無くなったはずだ。となれば後は鎧天を起動するだけ――
その時だった。倒れた天狗の身体が動き手を動かし炎を出して櫓の外へと飛ばした。それは。
「空の天狗共への合図だ!」
「そんなまだこっちは鎧天を起動してないのに!」
「俺が時間を稼ぐ! その間に陽太、お前が他の社守に鎧天を渡せ!」
「そんな俺が行きます! 俺が戦います!」
「何を言って!?」
陽太は呪文を唱え小刀を構える、すると鎧天が陽太の身体に纏われる。
「お前……!」
「行ってきます!」
纏った鎧天はまるで初めて装着したかのように重かった。いや初めて装着したのだこの時点、この記憶のこの時は。
天狗共を薙ぎ払う。一匹も取り逃がさないように。その時だった天狗の中に見知った顔を見つけてしまう。
「カラス……」
刹那、空間が歪む。カラスの幻術だと気づくのに数秒かかった。
「しまった!?」
この記憶の時点のカラスは味方ではない。敵なのだ。それを失念していた。天狗共が散り散りになる。都を襲う者。逃げる者。こちらに向かい戦いを挑む者。どれの対処に向かえばいいか迷い判断が鈍る陽太。
「陽太ぁ! お前は自分に向かって来る奴だけに集中しろ! 都に向かった奴らは俺がやる!」
「悟堂さん!」
悟堂なら不意打ちでないのなら死ぬ事は無いはずだ。そう思って言うとおりにした。
そして戦いが終わる頃。悟堂の下へと降りる陽太、そこで見たのは。
カラスに討たれた悟堂の姿だった。
「カラス……お前……!」
「カラス? 俺はクェラスだけど? 何、こいつのお友達か何かだった? 悪いな鎧天の纏い手。お前が一足遅かった」
「カラスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
日ノ出・穿孔を放つ陽太しかし幻術でそれを躱すクェラス。
「卑怯だぞ! 正々堂々戦え!」
「正々堂々? 俺の性分じゃないね」
「お前の狙いは鎧天だろ! どうして!」
「んー、性格に言えば俺は生き残れればいいっていうスタンスだし。でも魔縁様の指示にも従わなきゃだしみたいな」
「そんな曖昧な態度で! 命を奪うなぁ!」
日ノ出・一閃。極光が辺りを総なめする。しかしそれも躱される。
「鎧天の実力ってそんなもん? 俺の幻術が強すぎるだけかなぁ。でもなんかアンタ本気出せてない感じするぜ?」
「俺が……本気じゃない?」
まさか、まさか相手がカラスだから無意識に手を抜いているとでも言うのか。これが心の修行なのか。身内であろうとも心を鬼にして斬れと言う事なのか。
「だったらやってやる! やってやるさ!」
中天・日輪車、逃げ場の無い極光の渦。
「おっと、これは……」
掻き消えるクェラスの声、幻術ごと薙ぎ払った。のだろうか。辺りにその姿はない。
「終わった……のか……」
思わず膝をつく陽太。陽気を使い過ぎた。しかし本当の地獄は此処からだった。
社に戻る陽太、そこで彼を待っていたのは。
「姫華……!?」
クェラスに捕らえられた姫華の姿だった。
「天朝の巫女は俺が洗脳させていただきました~」
「洗脳だと!?」
「ぁ……」
封印の光輪を投げ飛ばして来る姫華、クェラスの幻術で起動が曲がって見える。
「カラス! お前だけは許さねぇ!」
心を鬼にするというのはカラスだけではなく姫華までも相手取れという事なのか。そんな馬鹿な。でもやるしかない。
クェラスを倒して姫華を開放する。そう決めた瞬間だった。
「あ、ちなみに俺が死ぬとこの巫女さんも死ぬようになってるから、そこんとこよろしく~」
「なっ…………」
絶句する他無かった。ここまでして修行、己に足りない心。鬼神の如き勇ましさ。容赦など一切捨てろと耳元で叫ばれている気分だった。
(記憶の世界だと割り切れってのか……!?)
それが出来たら苦労しない、それほどにあまりにも感覚が現実に近すぎた。
「クェラス……!」
「お、ようやくちゃんと名前呼んでくれたねぇ!」
決戦の火蓋が落とされた。
封印の光輪を躱しながらクェラスを目指す。
「お、やっぱりこっち狙いか。だが甘い!」
クェラスと陽太の間に入るように姫華が飛び込んでくる。このままではクェラスを斬る事が出来ない。
(心を……鬼に……)
姫華を押しのけクェラスへ向かおうとするが姫華がそれを邪魔をする。
「クソッ! 姫華! 目を覚ませ!」
「無駄無駄、俺の洗脳は解けないよ」
封印の光輪が迫る。斬り捨ててなんとか事なきを得る。しかしクェラスが追撃を加えに来る。
「肉弾戦はあんまり得意じゃないけどっとお!」
羽根で空を駆け空中から放たれる蹴り。大した威力ではないがそれでも蓄積すれば多大な痛みとなる。封印の光輪も避けねばならぬ。此処での最適解は姫華を斬りクェラスを討つ事。しかしそれが出来ないからこうして地団駄を踏んでいる。
「チッ! だったら! 少し我慢してくれよな!」
剣を鞘にしまいそのまま構える陽太、そしてその鞘ごと姫華を叩く。怯む姫華、突然の行動に幻術が遅れるクェラス。鞘から剣を解き放つ居合の一撃。
「日ノ出・一閃!」
「ぐがっ!?」
決着はあっさりしたものだった。しかし、その時、思い出す。姫華にはクェラスが死ぬと同じく死ぬ呪いがかけられている事を。なんとかクェラスを気絶に済ませたが、姫華の命に別状はないだろうか。
「良かった、息してる……」
しかし修行が終わる気配がない。決着はついたというのに。
「まさかトドメを刺すまで終わらないって言うのか!?」
そんなここまでしてまだ、心を鬼にしろというのか。
「…………やるしか、ないのか」
陽太は覚悟を決めた。
剣を持ち、クェラスに歩み寄る。
倒れる奴の心臓に剣を突き立てる。
そして。
思い切り差し込んだ。
口から血を流すクェラス。
後ろを振り返ると姫華も同じように血を流していた。
「うわ、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
目を覚ます。波紋の石室。
ひどく汗を書いていた。
長が傍に立っていた。
「及第点と言ったとこじゃな。次は技と体じゃ。行くぞ」
「……はい……」
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