第10話 天童麗夜


 陽太は畳の間に寝かされていた。

「ん……此処は……?」

「良かった! 陽太起きた!」

 姫華が抱き着いてくる。豪華な布団、ここはどこだろうと陽太は辺りを見回す。そこには少し離れたところにたたずむカラスの姿もあった。

「此処は月夜城。俺の城だ」

 銀髪の同年代くらいの少年が話しかけてきた。言われてみれば確かに城の内装に見えない事もない。確信が持てないのは陽太が城に入った事がないからである。

「つまり、アンタが天童麗夜……様」

 一応、相手は将軍だ敬称を付けなければという感覚が自然と湧いた。しかし同年代にもかかわらずそこまでの雰囲気を纏っているのは驚くべき事である。

「様はいらない。麗夜でかまわん。見たところ同年代だろう鎧天の繰り手よ」

「俺は陽太って言います。助けてもらったみたいで……ありがとうござい」

「礼などいらない。そもそもあの羽虫には逃げられた。俺もまだまだだな。まあ、それ以上に、陽太お前には精進してもらわなければならないな? よもやあの程度の敵に一撃とは」

「それは……っぐ!」

 起き上がろうとして胸が痛む。掌底を打ち込まれた位置だ。

「まだ痛みが残っているのか、基本防御をおろそかにしている証拠だ。『日鱗』を常に張る事を意識しろ」

「日鱗?」

「そんな事も知らんのか、今代の鎧天の繰り手はよほど素人と見える」

「それは」

 言い返せない。実際、その通りであったからだ。

「日鱗とは陽気の防壁の事だ。自らの周りに薄く纏わせろ。これが戦いにおいての基本防御だ」

「基本防御……」

「そして鎧天の基本攻撃は演武からなる『日ノ出ノ型』だ。これは中天の都で習う事が出来るが、俺が教える事も出来る」

 俯いていた顔を上げる陽太。

「それって」

「お前が望むならば、陽太お前を鍛えてやろう。ただし俺は甘くないぞ」

「お、お願いします! 俺に戦い方を教えて下さい!」

「うむ、だがまずは休息だ。傷を癒せ」

「はい!」

 こうして天童麗夜と陽太の修行が始まる事となった。その前の束の間の休息。少しのやり取りがあった。


「おい虫」

「天下の大将軍様はいきなり人を虫呼ばわりするのか」

 麗夜がカラスに話しかける。カラスは嫌々それに対応する。

「この俺が妖魔の変化を見破れないと思ったのか? 舐めてもらっては困るな」

「さっすが、それで虫に何か御用で?」

「何故、鎧天の繰り手と共にいる」

「道案内ですよ、ええそうですともワタクシはただのしがない案内人」

「どこへだ」

「天狗の都」

「何のために」

「打倒、大天狗魔縁……俺は途中で降りるつもりだがね」

「魔縁……聞かん名だな大天狗といえば迦楼羅だろう」

「世代交代だよ。迦楼羅は死んだ」

「ふむ……だからこそのあの天狗共の襲撃か、預言の月天を回収するという趣とだいぶ異なる威容で迫って来たのを追い払って正解だったようだな」

「おおこわ。いくら本当に嘘だったとはいえ預言を反故にして天狗達を討ち祓ったのか、末恐ろしいな」

「フッ。いずれ全ての妖魔を討滅する男だぞ俺は」

「そうなったら、その前に俺は海外にでも逃げますかね」

 冗談交じりに言うカラスしかし麗夜はそこでカラスに向き直る。

「お前、海外へ行った事があるのか!?」

「え、ええまあ」

「教えろ、海外の状況を、海外の技術は、海外の妖魔は!?」

「い、いや、俺はただ観光してただけだから……海外は至って平和だって事ぐらいしか……ああいや悪魔やドラゴンの類はいたかなあ」

 顔を掻くカラス、麗夜はふむと考え込む。

「あくま、どらごん……興味深い……いいだろう力も化ける以外の事は出来ないよう巫女に封じられているようだし、お前は見逃してやる」

「そりゃどーも」

 こうしてカラスと麗夜の会話は終わった。


 次に麗夜は姫華の下に訪れる。姫華は付きっ切りで陽太を看病していた。

「看病なら我が城の侍女に任せておけばいいものを」

「いいんです私がやりたくてやっている事ですから」

「ふむ、惚れているのか?」

「な、なにを!?」

 ぶふっと吹き出す姫華。

「はははっ! よいよい隠さずとも。それとも何か、まだ気恥ずかしさでも残っている段階か?」

「そ、それは……」

「色恋とは移ろいゆくもの、俺も我が妻を受け入れる時は苦労したものだ」

「我が妻って結婚してるんですか!? 年齢私達と変わらないのに!?」

「武士とはそういうものだ」

「……私はまだそういうの分からないっていうか……今やっている事で精一杯っていうか」

「ふむ、大天狗と決着をつけるんだったな。それが終わったら……か?」

「そう、ですね」

「うむ、それもいいだろう。ただ一つ。俺が言う事は『迷うな』だ」

「迷うな……」

「迷えば相手にも不安を与える。これと決めたらそのまま突き進め」

「わかりました!」

 姫華は大きく頷くと陽太の下へと駆け寄って行った。


 そして最後、麗夜は陽太の下へ訪れる。

「怪我の具合はどうだ」

「麗夜……さん。ええ、もうすっかり」

「そうか、では明日から修行へと入ろう」

「はい!」

「時に陽太、お前は何故、鎧天の繰り手となる事になったのだ?」

 当然の疑問だった。素人然としている陽太が鎧天を纏っている事は本来おかしい事だ。

「天狗の襲撃の時に……成り行きでとしか」

 そうとしか説明できない。その場の流れ、勢い。全ての偶然が一致して陽太が選ばれた。だが麗夜はかぶりを振る。

「そうではない。どうして鎧天を纏って戦っているのかと聞いているのだ。たとえきっかけが偶然だとしても、その後は別の社守などに任せるなどしてもよかったはずだ」

「それは……」

 妖魔への、天狗への復讐。そう言ったら麗夜はどう反応するだろうか。陽太は言うのを少しためらったが、言った。それを聞いた麗夜は。

「そうか」

 と一言呟いて、黙りこくってしまう。

「やっぱりそれだけじゃ駄目でしょうか」

「……駄目とは言わん。しかし復讐とは甘い誘惑だ。終わる事のない負の連鎖へといざなうものだ」

「負の連鎖……」

「天狗を全て打ち滅ぼせ、大天狗討伐だけで満足するな。そうしなければお前の復讐は終わらん」

「天狗を全て……」

 ふとカラスの顔が頭に浮かんだ陽太。何故だろう。

「そうだ迷うな。太平への道は辛く険しいものだ」

「はい、わかりました」

 深く頷いて見せる陽太、麗夜はそれを見て笑う。

「うむ明日からの修行が楽しみだな!」

 こうして月夜城での日々は過ぎたのだった。

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