第8話 龍神


「日ノ出……一閃!」

 居合の型、一太刀抜き放てばたちまち暗闇を放つ陽光が射しこんでくる。しかしそれも束の間、一瞬にして暗闇は元の形を取り戻す。

「これじゃキリがない!」

 陽太は焦りの声を上げる。捻華も必死に小刀やお札で応戦しているが歯が立たない。カラスはそんな中空を見上げていた。

「おい! どうした! 空に何かあるのか?」

「妖魔の種類なんざろくにしらない俺でも知ってるぜ……辺り一面を暗闇に……暗黒の水に沈めちまう妖魔……『龍神』!」

「龍神!? 妖魔のくせに神なんて呼ばれてんのか!?」

「突っ込むとこそこじゃないでしょ陽太!」

 陽太もカラスにならい天を見上げる。そこにあるのは真っ黒の雲。それとザーザーと降り荒ぶ雨の音。

「まさか、この雨全部妖魔だっていうのか……!?」

「ああ、間違いねぇ」

 そんな相手、どう戦えと言うのだ。山さえ斬れる鎧天でも天までは斬れはしない。

「どうしろっていうんだ……」

「……鎧天の真の力って奴の使い時なんじゃないのか旦那」

「……っ!」

 それはつまり、カラスの戒めを解くという事。陽太にとってそれはとても難しい判断だった。

「お前の封印を解けっていうのか」

「今はどーこー言ってる場合じゃないだろう。このままじゃ全滅だ」

「それは……」

 確かにカラスの言う事は正論だ。だがそれでも陽太は決断を渋っている。カラスが珍しく焦っている。

「早くしねーと全員飲み込まれるぞ!」

「……クソッ! 分かった、お前の力を――「ちょっと待って!」

 姫華が陽太の言葉を遮った。

「雨が全て妖魔なんて事はあり得ない。雨雲の中に本体がいるはずよ。それさえわかれば……」

「龍神を討てる……?」

「おいおいおい、そんな都合のいい方法あるわけ――」

「あるわ」

 カラスの否定をさらに強く否定する姫華。

「鎧天と私の巫女の力が合わさればいける!」


「いい? 日輪道標にちりんどうひょうは鎧天が敵の妖魔の位置を調べるために巫女の祈りを天に届けて光をその場所に射してもらうためのものなの。でも今は日の光が出ていないから鎧天の揚力の光で代用するわ」

「俺は光っておけばいいのか?」

「有り体に言えばそういう事」

「それ俺が浄化されちゃったりしないだろうな……」

 カラスの懸念などお構いなしだ。打開策が見つかったなら実行しなければならない。

「じゃあ始めるわよ……陽太、今!」

「応ッ!」

 光輝く鎧天。その間、姫華は祝詞を唱える。

 そこに黒い闇が迫る。それを斬り祓う陽太。

「まだかっ!?」

 必死に祝詞を唱え続ける姫華。そして。

「――オン・ガルダヤ・ソワカ!日輪道標!」

 鎧天から光が溢れ出る。それは一本の束となり対象に突き刺さった。

 横に居たカラスに。

「ま、そりゃ俺も妖魔だからこうなりますわな……てかなんか熱いこの光!?」

「待って! もう一本光が!」

 天へと昇っていく光、それは雨雲の中心に突き刺さり龍神の姿を照らしだした。

「よし! 見つけたぞ!」

「行って! 陽太!」

「任せろ!」

 揚力の塊を蹴り飛ばして上空へと駆け上がる。強く叩きつけられる雨粒に顔面を打たれながらも真っ直ぐ光の射す方へと昇って行く。

「捉えた!」

 刀の、陽光の届く距離。昔、悟堂がやっていた演武での技を試す時かもしれない。

「借りるぜ悟堂さん!」

中天ちゅうてん日輪車にちりんぐるま!』

 円状に刀を薙ぎ払う演武の舞のような一撃。陽光が拡散しあたかも本物の太陽のように光輝く。それは龍神の細長い胴体を真っ二つに切り裂いて討ち祓った。

 その瞬間。

『ギャアアアアアオオオオオオオオオ!!!!!』

 という絶叫と共に黒い闇が晴れ。満天の星空と月明かりが長い一本道を照らしていた。いつの間にか屋敷もなくなっている。

「うへぇ、あの屋敷ごと龍神の罠だったって事かよ……おーこわ」

「おいカラス」

「はい?」

「何が過去の残滓だテメー!」

 鎧天を身に纏ったままの拳はカラスの顔面に直撃した。

「おっごっぶぉ!?}

「ま、まあまあ。これでもうあのお屋敷で食べられる人の被害が減らせたと思えば……」

 姫華がどうどう、と陽太を宥める。

「そ、そうだぜ旦那……俺は他の人間の事も考えて……」

「口は減らないくらい元気みたいだな間違い天狗……!」

「ひっ!? すいません今回は俺が一方的に悪かったですすいませんでした!」

「分かればいいんだよ……あっ」

 カラスの土下座を見て満足したのか鎧天を解除した陽太が何か思い出したかのようにふと漏らす。

「どしたの?」

「今日の宿、どうしよう」

「あっ」

「あーあ」

 二人と一匹の野宿が決定した瞬間だった。

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