第12話 月夜動乱


 目覚ましのように鳴るけたたましい鐘の音。それは天狗の襲来を知らせるものだった。陽太はすぐさま飛び起き鎧天を身に纏い月夜城の天守閣から宙へと躍り出る。麗夜は既に前線で戦っている。

「気を付けろ陽太! この天狗共、前の雑魚共とは少し違うようだ!」

「この数、全部が……!?」

 ゆうに十は超える天狗の群れが薙ぎ払われていないところを見るに月天の光の刃を耐えた者共という事なのだろう。陽太が挨拶代わりに放った極光も躱されてしまった。

「む、我がオラス精鋭部隊を甘く見るでないわ!」

「陽太! オラスはおっれが相手する! 残りの羽虫を頼めるか!?」

「了解!」

 二手に分かれ本格的な戦闘が始まる。


「日ノ出・天昇!」

 上段への斬りはらい、躱されてしまう、しかしそれでいい。打ち上げでがら空きになったと胴体への攻撃、それを片腕で受け止め、そのまま組み付く。そして空いた片手、剣を持つ腕で突きを繰り出す。

「日ノ出・穿孔! チェストォ!」

 見事、天狗の腹に風穴を開ける事に成功する。しかし残り敵は九匹。夕暮・蓮華で足元に寄って来た天狗共に奇襲を仕掛ける。二匹を巻き込み顔を切り裂いた、視界を奪われ、もうその二匹は戦闘不能だろう。

 残り七匹、一度剣をしまい居合の型を取る。群がる天狗。一呼吸。

「日ノ出……一閃!」

 極光が溢れ出す。まさしく日の出如き眩さが居合の一息に広がって行く。

 三匹が光の奔流に巻き込まれ消えて行った。残り四匹。残った四匹は連携を取り前後左右、陽太の周りを取り囲む。しかし、これこそ陽太の待っていた形。

「中天・日輪車ぁ!」

 飛び掛かって来た天狗共を身をかがめて躱し横一回転で斬り捨てた。

「終わった! 麗夜さ……!?」

 陽太の目に入って来たのはオラスに首を掴まれ吊り下げられている麗夜の姿だった。

「ふっ、他愛ない。む、そちらは全滅か。鎧天、腕を上げたようだな」

「どうして、この前は互角だったはず!」

「む、月天の事か。それならばこれよ魔縁様よりいただいた羽根の力で我はその力をさらに増したのだ」

 そんな修行前は一瞬で倒された相手だ。それがさらに力を増している? 陽太の心中に恐怖の二文字が躍る。

「恐れる……な……」

 麗夜のか細い声が耳に届く。陽太は己を奮い立たせて剣を握り直す。

「はい!!」

「む、やる気か鎧天、天童麗夜の子の姿を見て怖気づくと思ったのだがな」

 一瞬、目の前にオラスが現れる。胸板に掌底。しかし今度は効かない日鱗が張られているからだ。

 その隙を見逃さない。手応えがない事を疑問に思い首をひねるオラスに向けて突きを放つ。

「日ノ出・穿孔!」

 しかしその突きは片手で受け止められてしまう。

「む、確かに強くなっている。だがまだ届かん。それよりいいのか?我ばかりに構っていて」

「どういう意味だ……?」

 その時だった。下から悲鳴が聞こえる一か所だけではない。都のいたるところでだ。

「都を妖魔が襲っている!?」

「如何にも、霊木の結界破らせてもらったぞ」

 霊木の結界、神聖な樹で造られた丸太状の杭を地面に刺して壁とした防壁の事である。それがあるからこそ都は成立し人々は安全に暮らしていける。唯一の脅威となったのが壁を飛び越せる天狗だが、今の状況では他の妖魔も侵入してきてしまう。焦る陽太、そこに麗夜の掠れた怒声が飛ぶ。

「下の事は都の武士達に任せろ! お前は目の前の敵を倒せ!」

「む、まだそこまでの力があったか。まずは先に月天にとどめを……む?」

 麗夜の方へと向かうオラスの前に立ちはだかる陽太。

「お前の相手はこの俺だ!」

「む、よかろう。軽く捻ってくれる」

 空中で二筋の軌跡が激突する。


 目にも止まらぬ速度で繰り出される攻撃。しかし日鱗の効果で消耗は無い。防戦一方ではあるが出力は互角。先に隙を見せた方が負ける。つまり『待ち』に徹している陽太の方に分がある……はずなのだが。

「む、都で火の手が上がったようだな」

 オラスはこうして時折、精神攻撃を仕掛けてくる。必死に都の人を信じてオラスの隙を待つしかない。その時だった。

「む、天童麗夜はどこへ……?」

 何時の間にかいなくなっていた麗夜、しかし今はそれどころではない。これは隙だ。懐に潜り込んで上段目掛けて斬りはらう。

「日ノ出・天昇!」

「む、甘い!」

 これもまた受け止められる。これでは埒が明かない。何かないかと策を練ろうにもそれが隙になって攻撃されては敵わない。

 詰まった、そう思った時、オラスが奇妙な反応を示した。

「む、お主……

「!}

 決定的な隙が生まれた! 陽太は麗夜との訓練を思い出す。月天を纏った麗夜に一撃喰らわせたあの技を見舞う時!

「日ノ出・三連!!」

 オラスの真下に飛び込んでの日ノ出・天昇。

「む、しまっ」

 打ち上げたところへ追撃の日ノ出・穿孔。

「ぐうっ!?」

 傷を開けたところに日ノ出・一閃を叩きこむ。

「ぐあああああ!!」

 オラスは苦悶の声を上げる。だが終わりではない。

「上取ったり! 夕暮・蓮華!」

 敵、上空から下段、首元へ向かって斬りはらい。

 そして――

月天げってん触終しょくつい!」

 対月天用に編み出した技、縦一閃に斬り祓う!

「――――――!」

 声にならない叫びが空中を席捲する。オラスの残骸は飛ぶ力を失って落ちて行った。

「ふう……なんとか倒せた……でもあの隙はいったい?」

「俺だよ俺」

 そこには月天を身に纏った麗夜に抱えられたカラスの姿があった。

「まさか、お前の幻術!?」

 昼地の都の宿の騒動を思い出す。

「その通り、いいアシスト……助けになったろ?」

「いいのかお前、こんな堂々と同族を裏切るような真似をして」

「おいおい今更だぜ、お前に翼をもがれた日から、もう俺は天狗じゃなくなったのさ」

「細かい事は気にするな陽太。確かに癪だがこいつのおかげでオラスを撃退出来た。それでいいではないか」

 満身創痍の麗夜に言われてはこれ以上返す言葉もない。

「後は、都の妖魔ですね」

「ああ悪いが、俺はもうこれ以上戦えそうにない。後、頼めるか?」

「任せてください!」

 都の騒ぎの下までかっ飛ぶ陽太。麗夜とカラスはそれを眺めていた。

「ぐっ、どうやらここまでか……」

「は? おいちょっと待て俺ごと落ちる気じゃないだろうな……うわあああああ!?」

 落下していく二人、下には姫華が待っていて巫女の術で受け止めたとか受け止めきれなかったとか。

 まあ、カラスがたんこぶを作った事は間違いない。麗夜は無事だ。陽太も都を襲った妖魔を撃退し、月夜の都を襲った騒動はひと段落が付いたのだった。

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