妖魔斬刀・鎧天

亜未田久志

第1話 天朝の都


 時はいにしえ、妖魔蔓延る極東の地。そこに一つの集落があった。その集落は木の杭で作られた壁で囲われた堅牢な要塞であった。集落の名は「天朝てんちょう」妖魔を祓うとされる一族の住まう都であった。


「おーい、陽太! こっちの荷物運ぶのを手伝ってくれい」

 そこは大きな社の前、男が大きな箱を持ちながら近くに居た少年に声をかける。すると陽太と呼ばれた少年は、手を振りながら男へと近づく。

悟堂ごどうさん、その箱はなんです?」

「『鎧天がいてん』だよ。明日の日輪祭のためにな」

 陽太が悟堂と箱の裏に回り、その端を持つ。悟堂から「助かる」と声がかかる。

「へー、これが妖魔を討ち祓うっていう伝説の」

「そうだ、その装備一式が入ってる。いわばご神体だな」

「それじゃあ扱いには気を付けなくっちゃあいけませんね」

 応、と悟堂が言うと二人は箱をせっせと運び始める。集落の中の大通りの真ん中を堂々と進んで行く。行きかう人々は物珍し気に二人と箱を見ている。

「百年ぶりなんですよね。日輪祭って」

 人々の好奇の眼差しから、ふとそんな事を口にする陽太。

「そうだ。我らがご先祖様が「夜魔やま」っていう強大な妖魔を射ち祓い、空に明かりを取り戻した記念の祭りだ。もう千年も前の事らしいがな」

「それで百年おきに夜魔を討った事を祝うために鎧天を飾るんですよね、どこに飾るんです?」

「大広場のやぐらだ。ありゃいつもの祭りの太鼓置きじゃねえぞ?」

「あ、違うんですね。俺はてっきり太鼓置きだとばかり」

「まったく……あの櫓の上まで運ぶのはきついから気合入れろよ」

「はい!」


 箱を櫓の上まで運び終えた二人。櫓の上からは天朝の集落が一望出来た。しかし陽太は景色よりも箱の中身に興味があるようだった。

「あれ、鎧天は出さないんですか?」

 悟堂はかぶりを振る。

「それは祭りの一番の見せ場だよ、この箱を日の出と共に開いて陽光に照らすのさ」

「じゃあ鎧天が見られるのは明日の日の出ですか」

「そういう事になるな」

 悟堂が頷く、陽太は興味津々といった様子で鎧天の入った箱をまじまじと見つめている。

「少しだけ見せてもらったり……」

「馬鹿言え、大人しく日の出まで待っとけ」

 陽太はむすっとした表情で

「ちえっ、少しくらい見せてくれてもいいのに」

「だめなもんはだめなの。ほらお前も畑仕事に戻った戻った」

「そんなあ、これじゃただ働きだ」

 悟堂は顎を掻いた。ふむと呟き、懐からなにやら取り出し陽太へと渡そうとする。

「? 何ですか」

「駄賃代わりだ。持ってけ」

 陽太が受け取ったそれは鞘に収まった小刀だった。荘厳な装飾の施されたそれは、とてもじゃないがただの小刀とは思えなかった。陽太はおそるおそる鞘から小刀を抜こうとした。

「おっと、ここで抜くのは無しだ。鎧天が反応しちまう」

 陽太が首を傾げる。

「鎧天が反応? どういうことです」

「そいつは鎧天を作った職人が打った「日ノ出小刀」つってだな。ちょっとしたお守りみたいなもんだ。誰でも鎧天の加護を受けられるように何本も作られた内の一本さ。日輪社にちりんやしろの中にいくらでもある」

 日輪社、陽太は櫓の上から、ふとそちらを見やる。自分達が鎧天を運んで来た道を辿り、その始めの地点こそがその場所だ。赤と金で煌びやかに彩られた郷社な社。確かに受け取った小刀の装飾と社の装飾は同じ配色であった。

「じゃあこいつを抜くと鎧天の力が使えるって事なんですか。いいんですか、そんなもの貰っちゃって」

「何本もあるって言ったろ。ただし何度でも言うがここの近くで抜くなよ。鎧天の『陽気』が漏れて、えらい事になる」

「えらい事って?」

「そらお前……えらい事はえらい事だよ。とにかく大変ってこった。ほら駄賃もやったんだから、もう戻れっての」

「えー、ほんとは悟堂さんも知らないんじゃないんですか社守やしろもりなのに」

 社守とは、文字通り、日輪社を守る役職の事である。その証に悟堂の服装もまた日輪社と同じ赤と金の装飾が施してあった。

「馬鹿野郎。お前、大人をからかうもんじゃないぞ。いいか陽太、昔からの言い伝えってのは守るべきもんなんだよ。親や爺さん婆さん、大人の言う事はちゃんと聞いとくもんだ。そうやって子供は学んでいくもんだ」

「……親ですか」

「あ、すまん……」

 陽太は孤児であった。妖魔に親を殺され一人生き残った。そして日輪社に引き取られたのだった。

「いいんですよ。今じゃあ悟堂さん達が家族みたいなものですし、俺、畑仕事行って来ます」

「おう、行ってこい」

 悟堂は腕を組んで櫓を降りる陽太を見送った。

「……家族か」

 一人、悟堂がごちる。櫓を降り来た道を戻っていく陽太を眺めながら灌漑深そうに見つめていた。


「あっ陽太!」

「姫華じゃないか、巫女の仕事はいいのか?」

 社に戻る道半ば、赤と金で彩られた巫女装飾を身に纏う姫華と呼ばれた少女が陽太に駆け寄って来た。

「そっちこそ、畑仕事ほっぽり出してどこ行ってたのよ」

「悟堂さんの手伝い、鎧天を運んでたんだ」

 それを聞くと姫華は目を丸くした。

「驚いた。いつものさぼりじゃなかったんだ」

「失礼な奴だな。証拠だってあるんだぞ、ほら」

 懐から小刀を取り出す陽太。

「日ノ出小刀……悟堂さんに貰ったの?」

「そう、駄賃代わりだってさ、これってそんなにいいもんなのか? 確かに綺麗だけどさ」

「間違いなくいいものよ。それがあれば妖魔だって怖くない。私だって持ってる」

 袖から陽太の持ってるものと寸分たがわず同じ日ノ出小刀を取り出す姫華。

「お前も持ってたのか。そりゃあそうか。日輪社の巫女だもんな」

 姫華の一族は代々、日輪社の巫女を務めてきた。日輪社に住む陽太とは幼馴染だ。

「日輪祭じゃお前は何をするんだ?」

 ふと陽太がそんな事を聞く。

「鎧天の御開帳の儀よ。私があの箱を開けるの」

「そりゃあ大役だ」

「そうよ、これでも緊張してるんだから」

 止まっていた足を動かし、姫華と共に社へ戻る道を歩み始める。天朝の町並みを眺める陽太。人々は祭りに向けて活気づいていてとても賑やかだ。

「……信じられないよな。この都の外にも妖魔がいるなんて」

「陽太……」

 人々はいつもは妖魔の脅威に怯えて暮らしている。そうでなければ木の杭の壁など必要ないのだから。陽太は明るい雰囲気に包まれる都の中、一人、親を殺された日の事を思い出していた。


「お前は陽太を連れて逃げろ! 天朝の都まで走るんだ!」

 必死の形相で刀を構える男、後ろには女と幼子。その前には異形の怪物が居た。

『ギヒヒ!』

 異形、妖魔が嘲笑わらう。

「あなた!」

「いいから走れ!」

 女、妻は男、旦那を置いて行く事に恐怖しながらも、幼子、我が子を守るため涙を流しながら後ろへ駆け出す。

『全員逃がさんぞ、ギヒヒ!』

「来い妖魔! 俺が相手だ!」

 ガキン! と金属と金属がぶつかり合う音が響く。一度ではない。何度もそれは響き渡った。

 母に抱えられる陽太はただ茫然と状況に流されていた。

「母さん……父さんはどうなるの?」

「大丈夫、大丈夫よ……あの人なら大丈夫……」

 それは自分自身に言い聞かしているようだった。

「僕、自分で走れる」

 陽太は幼いながらも自分の状況を理解した。理解しようとした。そして母にこれ以上、負担をかけまいと出した答えがそれだった。その言葉を聞き、母は一瞬立ち止まってゆっくり陽太を降ろした。

「いい? 無理をしてはだめよ」

「うん」

 手を取って駆け出す親子二人。森の中、天朝の都の灯りは近くて遠く見えた。


 親子の息が荒い。もうどれだけ走っただろうか。陽太は母の様子を見やる。母はただ前だけを見つめていた。後ろに置いて来たものを振り返らぬように。

 その時だった。

『ギヒ、ギヒヒ!』

 青肌に大頭の異形が二人の前に立ち塞がった。その口周りには血が滴っていた。

「そんな……!?」

 思わず足を止めてしまった母、陽太も同じく足を止めてしまう。

『言っただろう……? 全員逃がさんと……ギヒッ……グァッ』

 しかし、そこで妖魔が膝をつく、よく見ると、その片腕が無くそこから緑色の血を流していた。

「っ! 今のうちに!」

 母が陽太の手を引き妖魔の腕が無い方へと駆け出し、そのまま抜けようとする。しかし。

『逃がさん!』

 残ったもう片方の手が伸びる、妖魔が母を捉える。そこで母は陽太の手を離した。

「走りなさい! 灯りの方へ!」

「母さん!」

「早く! 早く!」

 陽太は鬼気迫る母の表情に気圧されるように駆け出した。


 息も絶え絶え、もうどれほど走ったか分からない。都の灯りはすぐそこだった。

『ギヒヒヒヒッ!』

 妖魔の嘲笑が聞こえた。母はどうなったのか、父はどうなったのか。妖魔が口元に滴らせていた赤い血が脳裏に浮かぶ。陽太は前に転んで膝を擦り剝いて血が出た時の事を思い出す。あんな少しの血を流すだけでも痛いというのにあれだけの血を流したであろう父は無事でいるのだろうかと想像する。

「うわああああああああああああ!」

 泣き出しそうだった。こんな事ならば母と共にいれば良かったと思った。後少しだというのに都の灯りに届かない。石に躓いて盛大に転ぶ陽太。

 そこにドスンという音が響く。顔を上げるとそこには先ほどよりも多くの赤い血を滴らせた妖魔が居た。

『全員、逃がさない』

 死ぬのだ。

 幼いながらに陽太は思った。

 だが――


「そこまでだ妖魔」


『ギヒ?』

 一太刀だった。まさしく一刀両断。

 光輝く大太刀によって妖魔は頭から股まで真っ二つにされていた。

「大丈夫か小僧」

 切り捨てた妖魔には見向きもせずにこちらへ来る男が一人。

「俺の名は悟堂、天朝の社守だ。まさか見回りに来てみればこんな場面に出くわすとはな。何があったか話せるか?」

 その瞬間、堰を切ったように涙が溢れ出した。

「父さんが! 母さんが!」

 わんわんと泣き出す陽太、その様子を見て悟堂はそっと陽太を抱え天朝の都へと招き入れたのだった。


「そういえば、悟堂さんが使っている大太刀ってこの小刀と関係あるのか?」

 陽太の思考は過去から今へと戻る、姫華に思い出した日の光景から連想した事を訊ねる。

「あれは『日ノ出大太刀』単純に日ノ出小刀を大きくした奴、というか順序が逆ね、日ノ出小刀が日ノ出大太刀を小さくしたものだから」

「なるほどなあ、じゃあこの小刀も太陽みたいに光輝くのかあ」

 そこで陽太の前に躍り出て人差し指を振る姫華。

「でも小刀と大太刀じゃ役割が違うわ」

「役割?」

「大太刀は妖魔を射ち祓うために鎧天よりも前に作られた武器だけど、小刀は鎧天よりも後に作られた……その力を小分けにするために」

「……つまりどういうことだ。なんでそんな事をするんだ」

「鎧天の力は強大過ぎたのよ。その力を妖魔に対してじゃなくて人と人の戦に用いられる事を恐れた鎧天を作った匠は鎧天を一度分解したの。それが日ノ出小刀って事」

 なるほどとなるほどと手を打つ陽太。しかし再び首を傾げ。

「そもそも鎧天を作った匠ってのは何者なんだ」

「……あんた一応、日輪社住みなのにそんな事も知らないで生きてきたわけぇ?」

「うっ……畑仕事が忙しくって……」

「畑も勉強もさぼり魔のくせに何言ってるのよ……ほんと普段何やってるの?」

 ばつが悪くなる陽太。隠れて剣の修行を行っているなんて恥ずかしくて言えなかった。

「まあいいわ、教えたげるから、ちゃんと覚えときなさいよ」

 コホンと咳を放つ姫華。

「鎧天を作った匠っていうのは『天狗』の『迦楼羅』唯一人間に味方した妖魔の事よ」

「妖魔が人間に味方?」

 驚きだった。あんな意思疎通不可能そうな怪物にそんなものがいるとは。

「そう、天から降り立つ唯一飛べる妖魔、夜空に輝く星を取って武器に変えたと言われているわ」

「星を武器に!? なんでそんなすごい奴がなおさら人間なんかの味方をするんだ」

「『契約』よ。遥か昔、人間と天狗が出会った時にある契約をしたの」

「契約って?」

 そこで姫華はかぶりを振った。

「残念だけど、契約の中身までは日輪社には伝えられてないの。ただとても大事な契約とだけ」

「なんだ結局よく分かってないんじゃないか」

「文句を言うなら私じゃなくてちゃんと伝えなかった昔の人か天狗に言って」

「それもそうだな」

 そうこう話している間に日輪社に着いた。

「じゃあ私は日輪祭の打ち合わせがあるから」

「俺も社の掃除の時間だ。これだけはちゃんとやらないと天条てんじょうの婆さんに怒られる」

「あはは、先生ってば綺麗好きだから、じゃあね」

「ああ、また今夜、日輪祭でな」


 そう今夜だった。

 この日、陽太の命運は決まる事となる。

 だがこの瞬間、彼はその事を知らない。それは幸か不幸か神のみぞ知る事であった。

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