第3話 鎧天、鳴動
極光が櫓の屋根を吹き飛ばして天狗の群れを薙ぎ払った。
陽太が思いのまま一振り、ただそれだけでその威力。
「これならいける!」
散り散りになる天狗の群れ、何匹か都に火を放とうとしていた。しかし見逃しはしない。刀を一振りそれでいいのだから、労力などいらない。
「ここから、出ていけぇ!」
極光が駆け抜ける、振り回される脅威に天狗の群れは慌てふためいている。
しかし、その時だった。
急に身体が重くなる。いや正確には纏う鎧、鎧天が重くなっている。思わず膝に手をつく。その様子を見た姫華が何かを察した。
「陽気の使いすぎよ! 出力を抑えて!」
「出力ぅ!? なんだそれ……こいつがあれば山でも斬れるんじゃなかったのか!?」
「一回ぐらいならね。だけどそう何回も全力を出してたら先に陽太の身体が壊れちゃう!」
身体が壊れる。それが本当の子の力を得た代償か。出力を抑えるという言葉に未だ疑問を持ちつつ、とにかく放つ光を抑えて刀を振る事にする陽太。
「一匹一匹、正確にっと!」
鋭い光が天狗の一匹の胸板を貫いた。陽太はよしと刀を握りしめる。しかし、それで勘付かれた。
『敵の攻撃が弱まったぞ!』
『今だ、攻めろ攻めろ!』
残り十数匹と言ったところか。一気に天狗達が櫓目掛け飛んで来る。陽太は櫓から空中に躍り出た。
宙で天狗と対面する。そこで一閃。真っ二つにその身体を斬り裂く。そのまま空中を蹴って次の天狗の下へと向かう。
「ははっ! 鎧天を纏えば空も飛べちまうのか!」
一匹、また一匹と空中で相対した天狗を斬り捨てて行く。残り十匹とまで迫ったところで。天狗達が櫓とは反対に移動を始めた事に気づく。
「逃がすか!」
『ひぃ!』
形勢逆転、妖魔が人間を恐れるとは。陽太は今、自分に酔っていた。ただひたすらにもう逃げる必要もない。ただ逃げるだけの自分から脱したのだと、自分には妖魔を討ち祓う力があるのだと。確信した。だから、慢心した。
「きゃあ!?」
櫓の方から悲鳴が聞こえた。
「姫華!?」
くそ、まだ見逃しがいたのかと歯噛みする。空中で反転して櫓を目指す。
『おいお前! この人間がどうなってもいいのか!?』
櫓に降り立つと、そこには姫華の髪を掴んで首に爪を立てている天狗の姿があった。
「死にたくなかったら放せ」
『は、はぁ!? いいか、お前が鎧天を渡さなければこの人間を殺すぞ! 分かったか!』
「お前こそ分かっているのか。俺はこう言ったんだ『死にたくなかったら放せ』」
『こ、このぉ! 舐めやがってぇ!』
天狗が爪で姫華の首を掻っ切ろうとしたその刹那。光が走る。天狗の腕が空を切る。いや正確には肘から先が消えていた。
「今の俺なら、こんな芸当も出来る」
『腕の一本ぐらいでぇ!』
姫華の髪を掴んでいた手を離し、そこから火を放とうとする天狗。だが。
「遅い」
一刀両断、頭から足先までばっさりと斬り伏せる。
倒れ込む姫華を抱える。
「大丈夫か?」
「う、うん……ねえあんたほんとに陽太? 鎧天に乗っ取られたりしてないでしょうね……」
「さあ、どうだろうな……だけど油断してた事は確かだ……もう一匹たりとも見逃がさん」
再び空中へと駆け出す陽太。天狗はもう既に撤退を始めていた。
「逃がすかよ!」
光が奔る。一匹また一匹と光が天狗を射貫いていく。数はどんどんと減っていく。
七匹、六匹、五匹、四匹、三匹、二匹……あと一匹。
その時だった天狗が、その動きを止め地に落ちた。その場所はもう都の外、森の中であった。
陽太も追いかけるように地面へ落ちた。
清廉な気配漂う森の中。一匹の天狗が両手を上げ立ち尽くしていた。
「なんのつもりだ」
「降参だ、参ったよ」
「そうやって不意を突くつもりか? お前の仲間にしてやられたよ。大事な家族を失った!」
刀を振りかぶろうとする陽太。しかし『待て!』と天狗の声がする。
『まあ待て、落ち着け。そいつは一番槍のケラスの事か。それは悪い事をした謝る。すまなかった』
「謝って済む問題じゃない!」
激昂する陽太。だが天狗は飄々とした様子で。
『だがお前も殺しただろう。それもこっちは倍以上だ。なあもういいじゃないか。手打ちといこう。な?』
「もういい! これ以上の問答は無用だ!」
刀を振りかぶるその直前、またしても目の前の天狗の声が響く。
『あーあ、いいのかねぇ』
思わず刀を止めてしまう陽太。
「……っ! 何がだ! 何を隠している!」
『魔縁様の居場所……とか?」
「!」
大天狗魔縁、天狗達の頭目。
『魔縁様を止めん限り、これから大量の天狗がこの都に送り込まれる事になるだろうなぁ……』
「それがどうした! 何度だって返り討ちにしやる!」
『お前一人でかあ? くくっ、そりゃあ無理だろうなあ。戦いの中で分かったぜ。明らかにお前が消耗したのがな』
「それはまだ鎧天に慣れていなかったからで」
『いいか人間、一人一匹なんて力には限界があるんだよ。だからこそあれほどの力を持つ魔縁様でさえも数を欲し、さらに鎧天まで求めた』
「……お前が案内するっていうのか、その魔縁の下へ。何のために」
『そりゃあ自分の命が惜しいからさ』
「お前がケラスって呼んだ一番槍は自分から命を捨てたぞ」
蘇る光景、自ら首を刎ねた天狗、そしてその天狗が奪った命、悟堂の事。
『ふうん? まあアイツのやりそうな事だ。アイツは一際、耐久力に自信があったからなぁ……首を刎ねた後も動き出したんじゃないか?』
キッと目の前の天狗睨みつける陽太。刀を前に突き出す。光が天狗の首元をかすめて飛んで行った。
『おお怖い怖い。どうやら当たりだったようだな……人間はこういう時確かこう言うんだったか、口は災いの元』
もう一度光が奔る。さっきよりも天狗の首に近い。
『オーケーオーケー、もう無駄口は叩かない。なあだから取引しよう。お前を魔縁様の下へ案内する。その代わり俺の命は保証する。な、ギブアンドテイクといこうじゃないか、な?』
「ぎ、ぎぶ……?」
『あー、ソーリーソーリー、この言葉こっちじゃ伝わらないんだったな。じゃあソーリーも伝わってないか。すまんすまんと言ったんだ。悪いな海の向こうに居た事があったもんで、そっちの癖が抜けないんだ』
「……」
無言でにじり寄る陽太。天狗は観念したかのようにさらに高く手を挙げる。
『悪かったから無言でその刀を近づけるな……正直、チビりそうになる』
「本当に魔縁の下へ案内するんだな?」
『ああ、本当だ、今すぐにご案内しますよご主人様』
「まずその気色悪い言葉使いを止めろ」
『釣れないねぇ。まあ止めろと言われれば止めますよ、死にたくないからな』
その言葉を聞き。構えていた刀を降ろしてみる陽太。だが、天狗は逃げようとも攻撃してこようともしない。
「じゃあ今すぐ案内してもらおうか」
『今すぐ!? おいおいそいつは現実的じゃないな。互いに休息が必要だろう。特にアンタがだ』
「なんだ旅の途中で俺が弱れば願ったり叶ったりだろうが」
『弱った時に最後っ屁で俺を殺されちゃ困る。逆恨みもいいところだ』
「じゃあなんだお前を見逃せとでも?」
『いや……俺は命の代わりにこいつを賭ける』
天狗が指さしたのは己の翼だった。
「翼……?」
『あんたは無限に飛べるわけじゃない。鎧天の力で無理矢理、陽気の塊を空中に作って蹴ってるだけだ。まあこれは戦闘中に分かった事だが』
「じゃあ無限に陽気を蹴ればいいんだろう?」
そこで目を丸くした天狗がぶふっと笑いだす。むっと眉間に皺を寄せる陽太。
「なにが可笑しい!」
『いや悪い悪い、頼むから殺さないでくれ……いいか、陽気ってのはいわば人間の内のエネルギー……じゃ伝わらないのか、そう体力みたいなものなんだよ。つまり無限じゃないいつかは尽きる』
「……本当なんだろうな」
『今ここでこんな嘘を吐いて俺にメリット……徳があるのか?』
「……逃げる機会を伺っているとか」
『まあ、そういう可能性もなくはないな。だがな人間。お前だって薄々分かってるんじゃないか? その鎧天が万能じゃないって事くらい』
出力を抑えて、姫華の言葉を思い出す。確かに無限の力は、今の鎧天にはないのかもしれない。でも――
「今の鎧天は完全じゃない」
『……ほう、面白そうな話だな』
「お前を殺してから考える事にする」
『わーわーっと、いきなり物騒になったなおい』
「鎧天が完全になれば無限の陽気を得られるかもしれない。そうすれば魔縁の軍勢とやらも怖くない。お前はいらない」
再び刀を持ち上げる陽太。
『おいおいだから言ってるだろう。陽気は人間の内なるエネルギーなんだよ……あーもう、つまり鎧天じゃなくてお前の問題って事! おわかり?』
「……お前の翼を斬ってなんになる」
『お、ようやく話が本題に戻ったな。いいぞ。おっと怒るなよ。つまりだな無限に飛べないお前は、俺が飛んで逃げるのが嫌なわけだ。だったら俺を飛べなくすればいい。それで俺達はイーブンだ。お前が翼を斬った俺をここに置いて一度、休息に戻ったとする。だけど飛べない俺じゃ歩いて逃げるしか逃げ道はない。だけどお前の鎧天の速度なら簡単に追いつける、違うか?』
「……」
『おいおい黙るなよ』
一理ある、と思ってしまった陽太。しかし天狗の、妖魔の言葉を簡単に信じていいものか。どうしても悟堂の最期が頭から離れない。
「とりあえず翼は斬る」
『お、交渉成立って事でいいんだよな、な?』
「いいから後ろを向け、前からだと腕ごと斬っちまう。お前がそれでもいいならこのまま斬るが」
『向きます向きます、向かせていただきます! いちいち物騒だなアンタ』
後ろを向く天狗、眼前に広がる真っ黒な翼。背中まで斬り付けないように慎重に根元から刈る。
『イテッ、痛っ。もっとバッサリ行けよそんなちょっとずつじゃなくて!』
「わかった」
刀を振り下ろした。
『痛え!? 背中! 背中パックリいったろおい!』
地面を転げまわる天狗。
「いってない、それよりもう一本だ」
『げぇ、この激痛をもう一度とか……あーはいはい分かりましたよっと、首を飛ばしたケラスは何考えてたんだまったく』
「その名前を口に出すな」
『いってぇーー!?』
今度はバッサリ一気にいった。少し背中に刺さった気もするが気のせいだろうと陽太は思う事にした。
「本当に飛べなくなったんだろうな」
『ほらほら、びた一文も飛べません』
ぴょんぴょんと跳ねる天狗。陽太は怪訝な眼でその光景を眺める。
「信用ならん。もう少し背中えぐらせろ」
『ひえっ……何言ってんのこの人間。嫌に決まってんだろ』
後ずさる天狗、追いかける陽太。いとも簡単に捕まえて組み伏せる事が出来た。
「逃げられないってのは本当らしいな」
『痛い痛い、鎧の角が当たって痛い』
しかし組み伏せるのを止めない。
「なあこのまま足も斬ってしまおうかと思うんだが」
『だから発想がえぐいってー! なんでそんな危険思考なんだアンタ!』
「這って逃げる事も出来るな……腕も斬るか」
『そこまでいくなら一思いに殺せよ! 無縁様の居場所さえ吐かせりゃ後は手足いらないとかサイコかよー!」
「サイコ……? 最高……?」
『言ってない言ってない、もうそこらへんの蔦で縛ってくれよ。それでいいだろもう!』
「それほどの物で妖魔を縛れるとは思えん、第一お前達、天狗は火を身体から出せるじゃないか」
『チッ』
「お前ら都合悪くなると舌打ちするんだな……また手足を斬りたくなってきた」
櫓での一件を思い出す陽太。天狗は組み伏せられながらじたばたともがいていた。
『なんかトラウマえぐったんなら謝るから手足だけは! 手足だけは!』
このままでは埒が明かない。妖魔を信用出来ない陽太と、この飄々とした天狗ではいつまでも平行線だ。
その時だった。
「陽太ぁ? あっ、居た! って何やってんの!?」
姫華がそこに現れた。
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