第4話 クェラス、暗躍


『改めて、俺の名前はクェラス。今はそうだな人間様の奴隷ってとこだ』

「言いにくいから、カラスでいいな」

『おいおいバッサリといったな人の名前を』

「……封じられてるのに口の減らない妖魔ねぇ」

 天朝の都、日輪社の中。光の輪で縛られた、天狗もといカラスの姿があった。

「まさか姫華に妖魔を封じる力があるとは」

「これでも日輪社の巫女なんだからね。陽気ぐらい使えるわよ」

『陽気は陰気の大敵だからな……まあそれはの話で、ナマの陽気は俺達の餌だけどな』

「だれが餌だって?」

『いえなんでもないです』

 陽太に首元に刀を添えられ縮こまるカラス。

「でも本気なの? 鎧天を本来の姿に戻すって」

 カラスを無視して陽太に話しかける姫華。

「ああ、本気だ、日輪社にある日ノ出小刀を全部集めてくれ」

『ああなるほど、そういえば大天狗迦楼羅は鎧天の力を小分けにしたんだったか、こっちにも伝わってるぜ』

 陽太と姫華がカラスを見やる。

「なあ聞きたかったんだが、あの『契約』の話はどこまで本当だったんだ」

『「契約」ねぇ、ケラ……一番槍が何を言ったか知らないが、まあ大方、嘘を吐いただろうな。なにせ鎧天を抱える都だ本当なら鎧天を安全に手中に収めてから焼き払うつもりだったんだろうからな』

「やっぱり、鎧天は借り物なんかじゃないのね」

 そこで小首をかしげるカラス。

『ん? いや確かに鎧天は天狗が貸し与えたものだぞ』

「えっ」

『ははーん、なるほどお前らが吐かれた嘘が分かったぞ、貸出期限があってそれがあの日だとか言われたんだろ』

「……それが嘘か」

『そうなるねぇ、鎧天は無期限貸出、しかし、千年に一度、見張りの天狗が一人、きちんと正しく使われているかを見に来る……しかし迦楼羅が死んで魔縁様が大天狗になった時にそんな契約、無視って事で満場一致したけどねぇ。人間の味方する老天狗なんて皆死んじまってたしな』

「天狗の世代が変わって人間の味方じゃなくなったって事……?」

 姫華が眉間に皺を寄せる。

『ザッツライト!』

「ざ、ざ……? 天狗語?」

 陽太がおもむろに歩き出す。姫華が後を追う。

「陽太?」

「天狗の事情なんてどうでもいい、敵になったなら討つまでだ。妖魔なんて元から信用ならない。むしろ好都合だ」

「それはいいけどどこ行くの?」

「あいつの前にいると苛々する。自分で社の小刀を集めてくる」

「使いに任せておけばいいのに……」

 そうして陽太は社の奥へと消えていった。


「これで全部か」

 合計百八本の日ノ出小刀が社の中央広間へと集められた。

『ひゅー、これは荘厳だねえ』

「……なんでそいつがいる」

「それが……」

『俺から説明しよう、いいか小分けにした小刀を鎧天に戻すには人間の業じゃ無理だ』

「……なに」

 鋭い陽太の視線がカラスに突き刺さる。相変わらず光の輪に縛られたまま視線躱そうと四苦八苦する。

『い、いいか? そもそも鎧天は大天狗迦楼羅がその炎で隕鉄……星の欠片を溶かし加工したものなんだ。そう鎧天の一部である、その日ノ出小刀だったか? それを溶かして鎧天に戻すのにも天狗の炎が必要ってわけだ』

「……どうなんだ姫華」

「理屈としては通ってる、と思う。それに人間の業じゃ小刀を鎧天に戻す事が出来ないのは事実だし……」

 陽太が姫華からカラスへと視線を戻す。

「お前の炎で加工出来るのか? 大天狗の炎とやらが必要なんじゃないのか」

『おいおい、ナメてもらっちゃ困るぜ、鎧天そのものだったらともかく小刀ぐらいを溶かすぐらいの火力はあるぜ……今は封じられてるから出せねえけど』

 身じろぎするカラス。その言葉一旦飲み込む陽太。

「やっぱり鎧天を本来の姿に戻すのは無しだ」

「え? いや私は別にいいんだけど、過ぎたるは猶及ばざるが如しって言うし、今出さえ山も斬れる力があるんだから、きっとその魔縁って大天狗だって」

『それはどうかな、魔縁様のお力は強大だぜえ。本気で挑まないでどうするのって話だよ』

「胡散臭い」

 一刀両断であった。

「まあ、確かに陽太の言う通りだけど……」

『あーらら、嫌われてるねぇ俺ってば』

「こいつを炎を出せる状態まで開放するのは危険過ぎる」

『別に炎を出したところで鎧天を纏った今の旦那なら、一瞬で斬り伏せられるでしょうに』

 いちいち話す事が的を射ているのが、なおさらムカつく陽太。飄々とした態度から繰り出されるのはだ。こちらの心を搔き乱す言葉の武器だ。

「こいつと話してても埒が明かないんだよ。このまま小刀を持って魔縁の下ところへ行けばいい。このままでも十分、武器になる」

 そう言って床に置かれた小刀に手をかざす陽太。すると小刀が宙に浮いていくではないか。

『へえ、そいつを飛ばして文字通りの飛び道具ってわけだ。ま、それでも魔縁様には及ばないだろうけどねぇ』

「お前、自分の立場、分かってるのか」

 刀を首元へ向ける陽太。

『おっと、これは口が過ぎたな。へへっ、俺はしがない案内人ですよっと』

「ちょっと待って! 魔縁のところまで小刀を持ってくの!? 百八本全部!?」

「今の俺なら出来る」

『あららぁ、すっかり天狗になってるねえ人間なのに』

「あ?」

『~♪』

 口笛を吹いてごまかすカラス、そのやり取りに思わず嘆息する姫華。

「一応、聞いとくけど、その旅、私もついていくのよね?」

「ああ、ついてきてもらわないとこいつの力を封じれない」

「私、嫌よ!」

 唐突な拒否であった。たじろぐ陽太。

「同行するのが天狗と鎧武者なんて、おちおち町に寄って休む事も出来ないじゃない!」

「野宿すれば……」

「絶対、嫌!」

 そこでニヤリとカラスが笑う。

「魔縁様の住む御殿の近くには、人間の町もあったなぁ、そういえば……海沿いの、そうオシャレな街だ」

「オシャレ!?」

 姫華が食いついた。

「ねえ、その鎧脱いで行きましょう持ち運び用の箱もあるから」

「……脱げない」

「どうして? カラスは私が封じているでしょう?」

「脱ぎ方が分からない」

 姫華がおでこに手をつき上をむいて「ああ……」と呻く。

「忘れてた、小刀を鞘に戻してオン・ガルダヤ・ソワカともう一度、唱えるの」

 言われたとおりにすると着物姿の陽太が戻ってきた鎧天はその眼の前に鎮座している。

「はぁ……」

『疲れたんだろ』

 カラスがからかう。しかし無視、いやもはや反応する気すら起きないほどに疲れがどっと降りてきたのかもしれない。思わず座り込む陽太。

「町に行くには後はこの天狗をどうにかしないといけないがどうするんだ?」

 このままだと袋に詰めてでも持って行きそうな陽太、姫華もそこに首を捻る。

『それならご安心。ほぉら」

 すると光の輪に囲まれていたカラスの姿が人型の猛禽から、ただの人間へと変わっていた。

「そんな陰気の術は封じてるはずなのに」

「やっぱりこいつは信用出来ない、オン・ガル――」

 立ち上がり小刀を構え抜こうとする陽太。

「ああ、待て待てってこれだけしか出来ないってマジで、ホントに、本当に」

 髪を長めに切りそろえた優男、金の髪がどこかうざったいと思う陽太。少年然とした自分と比べて大人に見えるのもムカつく。

「まあ、これでいいんじゃない、私も安心して旅に出られるわ」

「光の輪は解いてもらえないんですかね……」

「透明にしといてあげる。歩く分には問題ないでしょ」

「はは、そりゃどーも……マジかよ」

「それじゃ鎧天と小刀を箱に詰めて行くか」

 こうして二人と一匹の大天狗魔縁を討つ旅が始まるのだった。

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