3.先生
朝日を感じた。
ゆらゆらと揺れる陽光が、いつもの虹のように揺蕩っている。
手を伸ばそうにも、力が入らない。
少女の声が何かを言っている。
心配そうな顔で覗き込んでいる。
銀色の髪の毛が鼻先をくすぐる。
誰だ?
じっくり観察しようにも、視界の端から闇が襲う。
男は成す術なく、再び眠りに落ちた。
男が目覚めると、そこは小ぎれいな部屋だった。
レンガ作りの室内は、思った以上に広く、やけに天井が高い。
左側の窓からは穏やかな日差しが差し込み、漂うチリや埃がキラキラと舞っている。
反対の右手側には扉があり、その横には松明が数本とバケツ転がっていた。
また、足元の正面には大きな暖炉があり、その上方には、鹿のはく製が埋め込まれ、円らな瞳で、部屋の中央のテーブルを見下ろしていた。
テーブルの上には、黒スグリの房がいくつか無造作に置かれ、その横には編み棒が刺さったままの毛糸の束と、飲みかけなのか、微かに湯気の立つカップが二つ置かれていた。
男は、恐る恐る起き上がり、辺りを確認した。
どうやら、この家の主はいないらしい。
男は、そろそろとベッドを抜け出し、テーブルの脇にある椅子に腰かけた。
「少し寒いな……」
男は自分が膝丈のチュニック一枚しか纏っていないことに気が付いた。
「まあ、いい……」
そして、ぼんやりする頭を振り払おうと、男はテーブルに肘をつき、こめかみを押さえて目を瞑った。
――
暫くすると、突然部屋の扉が開き、この家の主とは思えぬオレンジ色のローブを纏った司祭のような老人が現れた。
「やっとお目覚めですな。王子」
老人は、そう言いながら、男の前の椅子に腰かけた。
「せんせい?」
男は老人の顔を見ると、ゆっくりとそう呟いた。
「おや? その顔……、そして、私のことを『先生』と……、それはまずいですぞ」
老人は顎髭に手をやり、何やら思案しているようだ。
「ふむ、何か強い幻導力でも浴びましたかな? それは、まずいですな……王子、少しばかり急ぐ必要がありますな」
男には、何を言っているのかさっぱり分からなかった。
「なんのことです? 私をお忘れになったのですか? 先生、私ですよ……」
男がそこまで言いかけると、老人は右手を上げて制した。
「そこまでですな」
そう言うと老人は、扉の方を向き、大声で衛兵を呼んだ。
男が茫然としていると、ドカドカと屈強な衛兵が部屋の中へ押し寄せ、瞬く間に取り押さえられてしまった。
「うっ、何を!」
男がもがいて抵抗するも、四人がかりで押さえつけられては何もできなかった。
「先生! どういうことだ? 離せ! 私が何をした……マスケス!」
うつ伏せでテーブルに押さえつけられ拘束された男が上目遣いで喚き続けていた。
そして、マスケスと呼ばれた老人は、もがく男を見下ろして、はっきりとこう言った。
「ヴォーアム王国の王子よ、諸所の殺人、王の暗殺、並びに爆破テロの首謀者として、北ボアム連合王国の法の下、魔王罪として処刑する」
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