第二章 王宮書記官の旅1(真歴一四九八年一〇月)

1.片腕

「秋に差し掛かると言うのに、この暑さはたまらないな」

「この暑さには慣れないものでさぁ」

「お前に言ってないぞ。独り言だ。しかし、またその訛りか?」

 ジャニィはくすりと笑った。

「そりゃぁ、すんません」

「まあ、いいや、それよりダムイの村までは、あとどれくらいだ?」

 ジャニィは大きめな手帳を開きながら尋ねた。

「もうすぐそこでさぁ。見えますかぁ?」と御者は丘の向こうを指差した。

 ジャニィは馬車の窓から顔を出し、御者の差す方を眺めた。

 黒髪が頬をさする。

「王子の足取りが分かればいいがな……」

 生暖かい風がジャニィの呟きを絡め取って後方へ運んだ。


「よっと、ちょっと待っててくれ」

 村の近くまで来ると、ジャニィは馬車から軽やかに飛び降り、村の中へ入っていった。


 村はどんよりとしており、人の気配がしない。

「村、だよな?」ジャニィは首をキョロキョロさせながら歩いていた。

「寂れてるねえ、本当に人が住んでるのかねえ?」

 ジャニィは村の中心部にある井戸までやってきた。

「水は……あるのか? これ?」ジャニィは井戸を覗き込み「おーい、おー、響くねぇ」って、何やってるんだ? オレは。

「さて、廃村だね」

「えーと、真歴一四九八年一〇月、ダムイの村は廃村。王子の痕跡なし」

と、ジャニィがメモを書き込もうとすると、廃屋の影から一人の少女が現れた。


「うおっ!」突然のことにジャニィは危うくペンを落としそうになった。

「えーと、お嬢ちゃん、この村の人?」ジャニィは優しく尋ねた。

 コクンと小さく頷くと、少女は半歩後ろに下がった。

「あのー、少し話しを聞いてもいいかな? ほら武器とか何も持ってないからさ」

 ジャニィは両手をあげながら、少しずつ少女に近づいていった。

「いきなりだけど、その腕、どうしたの?」なるべくにこやかにジャニィは尋ねた。

 少女は、ちらっと失われた左腕を見た。

「その、何かあった? 村の人も少ないみたいだし」ジャニィは微笑みながら続けた。

「悪魔が来たの」少女は淡々と話しだした。

「悪魔? いつ来たの? もしかしてその悪魔に村をめちゃくちゃにされたとか?」

 ジャニィは感が良い。

「そう、夏に来た。夜。いきなり光る剣を持った悪魔がきた。お父さんを……」

「光る剣? 聞かせて」ジャニィはペンを走らせながら続きを聞いた。

「そう、光る剣で切られるの。みんな切られたの。私の手も切られたの」

「なんで、いきなり切られたのかな?」

「わからない、村のお祭りでやる、狼の魔法をみんなで練習してたの」

「狼の魔法?」

 ジャニィは、手帳をパラパラとめくり、この村に伝わる神事に目を通した。

「なるほど、神狼祭か。幻導の幻覚作用に、獣姿……」ジャニィは呟いた。

「そう、神狼祭。準備してたの。今年は食べ物が少ないから、みんなでやろうって。お肉もいっぱい無くなっちゃったから、みんなで頑張ろうって……毎日練習してたの……」

 そこまで言うと、少女はワンワンと泣き出した。


「そうか、辛かったね……」

 ジャニィはゆっくり少女を抱きしめた。


「みんな、死んじゃった。悪魔に殺されちゃった」

 少女は泣きながら、しばらくその言葉を繰り返していた。


「ねえ、最後に一つだけいいかな? その悪魔はどっちの方から来たのかな?」

 ジャニィは少女の目を見て尋ねた。

「あっち、川の方」と少女は残った右手で涙を拭きながら、御者を待たせている場所とは反対側の方向を指差した。

「そっかぁ、あっちか、よし、じゃあ一緒に行こう」

 ジャニィは無理やり少女の手を引いて御者の元へ歩いて行った。

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