4.戦争

 そんな、ジャニィたちの平和な鍛錬が二年ほど続いたある日の夕方。

 突然、王宮の騎士団が慌ただしく出兵していった。

 ただ事ではない雰囲気は、少年から青年に近づいてきた王子たちにも伝わったようで、みながソワソワしていた。


「ジャニィ、何か変だよ!」

 いち早く事態を察知した王子がジャニィに問いかけた。

「そうだな、こんな時間に騎士団が出兵したことなんてあったか?」

「いや、僕が知る限りじゃ一度もないよ」

 そこへ、鍛錬を終えたばかりなのか、汗まみれのシンクフォイルが現れた。

「王子、ジャニィさん、大変です!」

「どうした?」ジャニィが反応する。

「戦争らしいですよ!」シンクフォイルが荒い息で言った。

「戦争って……なんで、そんな突然……」王子が驚いている。

「なんでも、ユガレス軍がオボステム市に侵攻したとか……」

「ユガレスが? オボステム市? どういうことだ? シンクフォイル?」

 ジャニィがシンクフォイルの肩を掴んだ。

「分からないですよ。さっき向こうの衛兵がそう言ってるのを聞いただけなんですから」

「衛兵?」

 ジャニィはシンクフォイルの肩越しに王宮の入り口の方を見た。

 すると、一人の衛兵が王宮の中へ入っていくところだった。

「あいつか!」ジャニィは走り出していた。

「ジャニィ、どこ行くんだよ! ねぇ、僕たちはどうすれば?」

 王子が後方で喚いている。

「お前たちはそこで待っていろ! 俺が話を聞いてくる」


 ジャニィが中庭から王宮の入り口へ向かうと、既に衛兵の姿はなかった。

 しかたなく、ジャニィはそのまま王宮へ入り、正面玄関を目指した。

 王宮内は鎧を着た兵士でごった返していた。

 すごい数だな。全軍か?

 ジャニィがそんな兵士たちを掻き分け走っていると、遠くにこの場に似つかわしくない、ローブを纏った老人の姿が見えた。

「祭事長!」

 ジャニィは、大声でその老人を呼んだ。

「祭事長」

 ジャニィが、その祭事長と呼ばれた老人の元に辿り着くと、老人はゆっくりと振り向いた。

「おや、ジャンセン君ではないですか。お久しぶりですな。しかし、こんなところで、いかがしましたかな?」

「祭事長……」ジャニィはそこで、一つ唾液を飲み込むと、息を整えて続けた。

「戦争って……、何があったのです?」

「ジャンセン君、さすがに耳が早いですな。お父様ゆずりですかな?」

「父?」

「ええ、御父上のジェニスさんとは、昔一緒に灯台守をしていたのですよ。おや? 初めてお伝えしましたかな?」

 ジャニィには初耳だった。

「ええ……、そうだったのですか……」

 ジャニィは急に、そんなことを言われ戸惑っていた。

「ジェニスさんの地獄耳も大概でしたが、ジャンセン君、キミもなかなか負けておらんですな」

「はあ……」

「いかん、いかん、老人になると、つい昔ばなしをしてしまいますな」

 そう言うと、祭事長は少し真剣な目つきになって続けた。

「お父様の話は次にしますかな。で、戦争でしたな?」

「はっ……、はい、いったい何が起きてるのですか?」

「ジャンセン君、一昨日、ユガレスのフッカ王がオボステム市に侵攻したのはご存じですかな?」

「いっ、いえ、知りませんでした」

「そうですか、まあ、子供たちの教師役をしている、ジャンセン君の耳に入れば、彼らを不安にさせてしまう可能性がありますな。エレファン王のお心遣いですかな」

「エレファン王? そうなのですか……、いや、でも、いったいなぜ? ユガレスが侵攻だなんて?」

「うーむ。それは我々にも分かりませんな。ただ、オークがオコイを併合して南下して来ておりますな。そうなると、近々オボステム市にも……」

「しかし……」ジャニィにはなかなか理解しがたいことだった。

「オボステム市は、市はどうなっているのですか?」

「ふむ、我々に届いている情報ですと、オークオコイ連合王国が、市の北西側に入り、ユガレスを迎え撃っている、とのことですな。なので、我々ヴォーアム王国も市に入り、ユガレスを迎え撃つところですな」

「迎え撃つ? そんな……、市内で戦争ですか?」

「ジャンセン君、そうならないよう我々も先発で騎士団を向かわせたのですぞ」

「でも、祭事長……、母や姉は? 市には母や姉がいるのです。どうすれば……」

「そうでしたな。ジャンセン君はオボステム市の出身でしたな。ならば、私から使いを出させて安否を確認させましょう」

「でしたら、俺が直接……」

「それは難しいですな。いくらオボステム市出身のジャンセン君といえども、今はヴォーアムの騎士団の端くれですぞ。迂闊に市へ近づけば戦闘に巻き込まれてしまいますな」

 ジャニィは自分が騎士になりそこなったことを初めて悔やんだ。

 家族の身が危険にさらされているのに、自分が何もできないことにもどかしさを感じた。

「まあ、そう心配なさるな。そのうち良い知らせが届くと信じてお待ちなされ」

 そう言うと、祭事長はジャニィの肩に手を置いて、優しい顔で大きく頷いた。


 戦争が終結、いや膠着状態に陥ったと知ったのは、それから半年が過ぎたころだった。

 幾度か三国による激しい戦闘があったが、どの国も市を制圧することはできず、市内を流れる川に分断された地域を、それぞれの国が治める形で落ち着いたようだ。

 姉からの手紙には、そう書いてあった。

 そこには、ついでのように母の死が付け足されていた。最後の一行に『母が戦闘に巻き込まれて亡くなった』とだけ付け足されていた。

 姉にしても、報せるか報せないか迷った挙句、このようなかたちになったのではないだろうか? ジャニィにしてみれば真意は分からないが、母が死んだことだけは真実だった。

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