2.父

 そんな子供の夢を真に受けたのか、ジャニィが学校の卒業の年になると、父はヴォーアム王国の騎士団の話を持ってきた。

 オボステム市に住むジャニィにとって、市に騎士団がないと分かったのは、もうすいぶん昔の話である。さすがに一七歳にもなれば、騎士団なんてものは無理な話で、それに近いものなら、市の警備隊が、せいぜいだろうと分かっていた。

 しかし、ジャニィは警備隊などになるつもりは、まったくなかった。

 この頃のジャニィの興味はもっぱら絵画で、市の中心をゆったりと流れるボアム川を、毎朝スケッチすることが、なによりの楽しみだった。

 時には家族の肖像画を描いたり、時にはフルーツの静物画を描いたり、時には時計塔の風景画を描いたりもしていた。

 華やかなオボステム市には、絵描きの心をくすぐるもので溢れていた。


 そんな、ある日。

「騎士団? ヴォーアムの?」

 ジャニィが日課のスケッチを終え、帰宅したときだった。

「そうだぞ! 国の騎士団だ!」

 三か月ぶりにトロザー島から戻ってきた父が嬉しそうにはしゃいでいた。

「国に仕える立派な仕事なんて、なかなかないぞ!」

「そうだけど……」

「先月な、トロザー島にエレファン王がいらしてな。なんでも久々に海が見たかったとかで……、そこで、直接お話しさせて頂いたんだよ。そしたらな、昔の事を覚えてらして、おまえの事を話したら、すんなり了承して頂けたんだ」

 父は有無を言わさず続けた。

「だからな、来年の四月からはヴォーアムだ! あそこは良いどころだぞ。ここより南だから暖かいぞ、なにより、山や森や海が良い! あそこの自然はすばらしいんだから!」


 その後も父は、ヴォーアムの飯が旨いだとか、女の子が可愛いだとか、スケッチには事欠かないとか、あらゆる手段でヴォーアム行きを促した。

 時には酷い言い争いになったこともあったが、最終的にはいつも父が勝った。


 そんな折、父が急に死んだ。


 なんでも、酷い嵐の夜、トロザー島に大型の船が突っ込み、灯台はいとも簡単にへし折れ、そのまま海に沈んだそうだ。

 父は、その夜もいつものように、灯台の頂上で光を灯していたらしい。

 事故後、ヴォーアム軍は騎士団も含め、総出で灯台守たちを捜索したが、誰一人として遺体を発見することはできなかった。

 これは後で知った話だが、この大型船はヴォーアムの船を装った海賊船だったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る