2.幻導師
王子は左右の家々を見ながら、幻導師の家へ向かった。
この地方の家は、質素な木の家で、補修が間に合わないためか、ところどころに小さな隙間があった。この夏の暑い時期には風通しが良く心地よいだろうが、冬はどうするのだろう?
王宮暮らしの頃では、思いもしなかったことが頭をよぎるようになった。
真王の証を得る旅の過程だが、世界を見ることが楽しくなってきていた。
大通り沿いの家は数軒しかなく、すぐに幻導師の家へ着いた。
幻導師の家は立派な石造りだった。この村では唯一の石造りだ。
若い幻導師には似つかわしくない家だな。
王子は幻導師の家の扉をノックした。
すると幻導師は扉を開けると、王子に中へ入るよう促した。
「どうぞ。何もないところですが、水の一杯くらいは差し上げられますよ」
「ありがとう」王子は感謝の言葉を述べて家の中へ入っていった。
家の中には、本当に物は少なく、テーブルにかまど、ベッドくらいしかなかった。
ただ、部屋の左手奥には異様に大きな書棚と、なにかの器具が並べてあった。
書棚には分厚い本が並び、その隣の硝子の小瓶がさらに幻導師らしさを醸し出していた。
「お一人で旅を?」幻導師が瓶から水をすくい、小瓶に移しながら尋ねた。
「どうしてこんな村に? 特別になにかあるわけでもない、こんな村に旅の方が来るなんてめずらしい」幻導師は振り返りながら王子に座るよう勧めた。
「この先の荒地にちょっと用があってな」王子は椅子に座りながら言った。
テーブルに向かい合うかたちで幻導師と王子は座った。
「水ですよ。どうぞ」幻導師はゆっくりと小瓶を王子に手渡した。
王子は小瓶の水を一気に飲み干した。
朝から半日歩き続けた体に水分が染み渡るのを感じた。
「こんな日照り続きのわりに水が新鮮だ」王子は少し驚いた。
幻導師はその王子の表情に満足したのか、軽い笑みを浮かべた。
「これでもそれなりの幻導師なんですよ。備蓄した水を新鮮に保つくらいの術は知っています」
「そのようだな。あの書棚を見れば、キミが優秀なのが分かる」王子は書棚に目を向けて続けた。
「しかし、優秀な幻導師でも村人たちの心を掴むことは出来なかったようだな」
「ああ、先ほどのことですね」幻導師は少し俯いた。
「近頃の気候変動の影響で作物が不作なのか?」王子が尋ねた。
「そうでしょう。ここ何日かで井戸の水も枯れてきているし、村の北にある川の水位も下がっています。そのせいで畑に使える水もなく作物も育ちません。このままでは村は死んでしまいます。それなのに、村の連中ときたら、何一つ解決作を考えるわけでもなく、ただただ状況に甘んじているだけです」
「彼らにも事情があるのだろう」王子は優しい口調で言った。
「それはそうでしょうが、我々はただの農民ではありません。私ほどではないにしろ、この村の人はみな幻導師なのです。大幻導師イソダムの弟子の末裔なのです」
「大幻導師イソダム。聞いたことがあるな」
王子は王宮の書物の中に『イソダムの所業』なるものがあったことを思い出した。
「そうでしょう。オーロラのクレバスの幻導師ですよ。この力をもってすれば。奴らなんて……」
「奴らなんて?」王子は幻導師の言葉を遮った。
「作物の不作に奴らとは? そういえば演説中にも隣村の魔物だとか言っていたな?」
「そうです。気候変動だけなら、我々の幻導力でなんとかなります。ただ、今回はそれだけではありません。隣村から魔物がやってきて、我々の食物を奪っていくのです」幻導師は悔しそうに続けた。
「昨日の夜だって、食物庫を見張っていた村人が魔物に殺されてしまいました」
幻導師は昨夜の惨劇を思い出しているようだ。
「そういうことか。先ほどの集会は」
「はい」幻導師はすでに意気消沈だ。
この地方の領主である王家の者として、王子は事態を放っておくことができなかった。
荒地での探索があるが、期限があるわけではない。きっと世界の情勢を見ることも旅の目的のはずだ。
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