第一章 幻真の剣(真歴一四九八年八月)
1.イソダムの村
真夏の昼下がりに、こんなところを歩いている人間は少ないな。
王子は額の汗を拭いながら、陽炎に揺れる村の門を目指した。
日照り続きの街道の土はひび割れ、潤いが足りない。
左右に覆い茂る夏草は風に揺れることなく、力強い緑を主張していた。
村の門を抜けると、そこは広場になっていた。
その広場の左手には大きめな井戸があり、村の水道場になっているようだ。
井戸の横には大きな建物がある、倉庫か何かか?
正面には今入ってきた門から続く道が続き、村の大通りになっている。
大通りの左右には数軒の家が並び、ここが村であることを認識させる。
右側には一面に大きな馬小屋があり、数頭の馬が繋がれている。
馬の体はどれも大きく脚も太い。きっと農耕馬なのだろう。
ただどの馬も暇を持て余しているのか、覇気がなく、なんとなく時間を過ごしているように見える。
その馬小屋の前の一角に人だかりができている場所があった。
家の数からすれば、ほぼ全員の村人が集まっているのではないだろうか?
王子がその人だかりに目を向けると、小さな台の上で若い幻導師が大きな声で話しをしていた。
「今、この村で重要なことは何か? そう、我々を脅かす、隣村からやってくる魔物を退治し、作物を守ることだ。このままでは、城に献上する作物はおろか、我々の食料も尽きてしまう」
城か……。
作物の不作がこれほど深刻だとは思わなかった。
王子は、王宮の豪華な食事を思い出し、少し後ろめたい気持ちになった。
「じゃあ、どうするんだ!」話しを聞いていた村人が声を上げる。
「そこが問題だろ!」別の農夫が続いた。
幻導師は少し悲しげな表情になり、聴衆を見据えた。
少しの沈黙。
「皆の力が必要だ。我々自身で戦わなければならない。大した武器などないが、我々は幻導師だ。この力を使ってこちらから……」
「そんなこと出来る訳ないだろ」怒声が飛ぶ。
「話にならない」女性の声。
「幻導師はお前一人だろう?」さっきの農夫だ。
村人が思い思いに無責任な言葉を放ち、呆れたようにその場を去っていった。
若い幻導師は悔しさが顔に現れていた。
他に解決作などないはずなのに。なぜ皆は分からない?
幻導師がふっと顔を上げると、そこに見知らぬ人がいた。
「いつからそこにいましたか?」幻導師が尋ねる。
「キミが演説しているところから」王子はなるべく平坦な口調で返した。
「そうですか。では、我々の村の事情がお分かりになったでしょう?」幻導師は気まずそうだ。
「興味深い話しではあったが、まずは一杯水を頂けないか? この暑さの中、だいぶ歩いたのでね」
「ああ、申し訳ない。では、後ほど私の家へお越しください。この大通りの一番奥の左側にある石造りの家です」そう言って幻導師は、門から続く村の大通りを歩いていった。
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