8.納屋での戦闘

 納屋の中は薄暗く、埃の匂いにまじり血の匂いが立ち込めていた。


 扉の正面の壁には鍬や熊手などの農機具が吊るされている。

 右側の奥には、高く積まれた干し草が無造作に散乱していた。

 その干し草の前に、青白い光を放ち揺らめく死体があった。


 その死に顔は恐怖に満ち溢れ、口から流れでた血は凝固している。

 胸の辺りは黒一色で、ここからではよく分からなかった。


「下がっていろ。調べてくる。」王子が左手で幻導師を制した。

「気をつけてくださいね。その青白い光が幻導力です」幻導師は死体の周りに漂う揺らめきを指差していた。

「わかっている。一度見ている」と王子は小さく答え、恐る恐る死体に近づいていった。

「一度見た?」幻導師が王子の言葉尻を拾った。

「ああ、いいから、今は下がっていろ」


 近くで見ると胸の黒いものは肉の塊と血と衣服が混じりあったものだった。

 よく見ると左肩と右の腰あたりに引っ掻いた後ある。

 だとすると、胸のあたりの傷は引っ掻いた後に付けられたものか?

「魔物にしては執念深いな」

 王子がそう呟いた瞬間、死体の揺らめきが大きくなり、その勢いで死体が立ち上がった。

 素早く反応した王子は幻真の剣を抜き攻撃の構えをとった。


 死体はあやつり人形のようにふらふらとしている。

 目には光もなく、死体そのものに意志があるようには思えない。

 死体が纏う幻導力のみに支えられ動いているようだ。


 確かに危険だが、害はなさそうだぞ、と王子が思った瞬間、幻導師の叫ぶ声が聞こえた

「あぶない!!」

 死体の上半身が回転し、遠心力に任せて腕を打ち付けてきた。

 王子は素早く幻真の剣で腕の攻撃を払いのけた。

 幻真の剣が当たる瞬間、あたりは白い光に包まれた。

「うわ」王子は眩しさにくらみ後ずさった。

 次の攻撃がくるかもしれない恐怖に耐えながら、王子は幻真の剣を握り締め、防御の体制で視力が回復するのを待った。


 一、二分経っただろうか、うっすらと見え始めた納屋の内部に動くものはなかった。

 死体は、干し草の前に倒れていた。青白い揺らめきはなく、ただの死体となって。


「大丈夫ですか?」幻導師が声を掛けてきた。

「ああ」王子はそう答えながら死体のそばへ歩きだした。


「誰だ?」幻導師が間の抜けた声を上げると王子の横をすり抜け死体に駆け寄った。

「また、動くかもしれないぞ。」

 幻導師はそんな王子の忠告を無視して死体の顔を覗き込んでいる。

「どうした?」王子は幻導師の後ろに立ち、幻真の剣を収めながら言った。

「顔が……、顔が違います。」幻導師は震える声で続けた。

「昨日見た時と顔が違うんですよ。誰です? これは? こんなやつ見たこともないですよ。村の人間にこんなやつはいない」幻導師は困惑しているようだ。

「どういうことだ? 何を言っている?」

 王子は幻導師に話し掛けたが、どうやら耳に届いていないらしい。

「ジェムズだったじゃないか……、どうして……」

 幻導師は何か独り言を言っているようだが王子には聞こえなかった。

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